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[謎解き]おばあちゃんの話~チョココロネさんの考察ページ3~(9月8日更新)

2018/09/08

チョココロネのイラスト

みひろんさんのおばあちゃんの「海の神様の話」において、説得力のある考察を継続的にご投稿してくださっているチョココロネさん

みなさんからの考察も増えてきたことから、チョココロネさんの考察を掲載するページを作りましたっ!

これまでのチョココロネさんの考察

[謎解き]チョココロネさんの考察ページ1
[謎解き]チョココロネさんの考察ページ2

地図や秋について思う事(9月8日) NEW!

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:9月6日(木
)

おばあちゃん、みひろんさん、先日はご投稿ありがとうございました。ご家族ご親類が被災されたとのことお見舞い申し上げます。

大変な中にもかかわらずお伝えいただいたことに深く感謝いたしております。おばあちゃんが伝えて下さったお告げの内容が少しずつ始まっていると感じているところに、今日9/6にもまた北海道で大規模な地震がありました。

災害に合われた方々へのお見舞いを申し上げますと共に、災害が多い昨今、この先も一人でも多くの方が救われますように祈ります。

今回の北海道の事もあり、考察して気になった箇所を早くお伝えしたほうがいいと思い、2018年9月3日に投稿された内容に関して投稿させていただきます。

以前の考察に関連していたり、繰り返しの内容もありますが、重要と思う点なのであえて書きます。文章が読みづらいと思いますが、すみません。

地図:その2「6/14夜」:矢について

白装束のお方が『既に放った白木*の矢が再び地に届いてしまったようだ』とおっしゃり、衣装の帯の色が黒色でした。(*白木(素木)は着色のない地のままの木の事で、穢れのない事から神具などによく使われます)

この『白木の矢』とは、以前の1/24夜の夢見で、白装束のお方(白の君)が空に放ったうちの1本だと思います。

矢羽の色がわかりませんが白装束のお方の帯の色から黒色の矢羽だったかもしれません。黒は五行の方角で「北」を意味するので、北海道や東北に試しがある事が推測されました。そして今日、北海道の地震がありました。忍びない気持ちです。

以前詠まれた「天の御矢 巡り消ゆるは 空の果て 射成る処に 土の震えん(2017年10/30のお告げ)」の歌の通り、今後も弓矢が到達した地域には「土の震えん」事があると考えられます。

「土の震えん」とは、その土地(=土)の人々が恐れ震える事柄を意味します。なので、地震のみならず災害・災厄全般にどうかご注意ください。

先立って、2018年4/9夜の夢見でも白い矢羽の矢が砂浜に刺さったことが伝えられていました。矢はその後に組み紐に変化しましたが、これは「タメシ(試練)」が西国(中国・四国)に「ムス(結)ばれた」ことを意味していたと思います(その後に起こった広島などの西日本豪雨災害と関係があると思っています)。

そして、矢羽色違いの他の3本の矢についても、この先それぞれの地に届くと予想されますから、できることなら小難となるように、祈りの力を合わせていけたらと願っています。

まだ地に届いていない矢は矢羽の色から下記の地域に向かっていると思われます。

・青(藍?)色→東国(東海〜甲信越〜関東?)
・黄色→畿内(近畿地方?)
・赤(紅?)色→南→筑紫など(九州〜沖縄?)

そして、すでに矢が到達した「白色→西国(中国・四国)」「黒色→北→蝦夷や陸奥(東北〜北海道)」も災害が1度とは限りません。

矢が射られるのは「タメシ」が開始される合図に過ぎず、今後も様々な「シクミ」により何かが起こると考えられます。「矢が射られた/これから」に関わらず、どの地域の方も万全の備えをしていただきたいと願います。

 

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地図:その1「5/28」について

1)鹿児島の南にある「〜」の文字ですが、「山」と連動していることから地殻に関する事ではないでしょうか?もしかすると、南海トラフやプレートの亀裂の様子かも。刻々と数・形が変わるので、活発に動いている気がします。

2)地図の黄色っぽい雲のようなものは、雨雲に影響を与えて「タメシ(試練)」をもたらしたようです(→西日本豪雨)。<タメシが起こる(結ばれる)流れ>「シクミ」が整う→「ハタラキ」が生じる(これが黄色?)→「タメシ」が起きる(赤色?)だと思います。

3)四国の上の海上に書かれていた「渦巻き模様」について。「渦巻き」は「シクミ」の一種に思えます。渦巻きがグルグル回るのは「シクミ」が動いている様子で、これにより「ハタラキ」が生まれ、やがて「タメシ」に繋がる。だとすると、地図で渦巻きが動いている箇所は重々警戒が必要な地域という事になります(四国上の海上、岡山か鳥取あたりの「山」ほか)。

特に四国上の渦巻きについては、「崖(ほき)起ちて 淡島中に 巡りける 臥したる龍の 鳴門の巴」(2017年9/3の短歌)と関連がありそうなので、本当に警戒をお願いします。

その3「8/11深夜」について ※一番気になるお告げ

1)日本の南の海の上に薄赤色で4か所の●(マルじるし)については、南海トラフと関わる場所かと思われます。

2)で地図全体の下の方から、「ドーン」という音が聞こえたことからも地震の可能性を感じます。マルじるしの一つの横に、薄墨色でぼんやりと書かれた「木の葉」の絵が書かれていましたが、これは「葉月」の意味では。つまり、もし南海地震が起こるとすれば、「葉月(旧暦の八月、新暦の8月20日〜9月20日頃)」に注意すべきかもしれません。

また葉月には、二十四節気の「白露」という期間が重なるのですが、以前詠まれた「綿津見の 声の聞こゆる 白露かな 子らを想いて 涙こぼるる」(2017年9/3のお告げ)の短歌も、白露の頃に海で何かが起こり、試練となる「災害」が起こる事が予想される内容でした。

このことから、白露の頃は海からすぐ避難できるよう、重ねて気に留めて警戒していただきたい期間です。もちろん今年の白露とも限らないので、断定はできませんけれど…。※今年2018年の白露の期間は9/8〜23になります。

地図の記載に戻りますが、木の葉の絵に並んで書かれた「つきの十七」の意味は、「十七夜( 陰暦17日)」のことで、「木の葉(葉月)」と並んで書かれていることから、「陰暦8月17日の立待月」を意味している可能性大です。

この陰暦8月17日は、今年2018年だと9月26日(辛酉)にあたるのですが、「辛酉」も個人的に気になっているワードで、以前詠まれた短歌『はらえぼし ひみちきたりて やまうごき ねのとひらくは つちすえか(かん?)とり』(2017年8月20日のお告げ)と関連があると思っています。

短歌を「祓欲し 日満ちたりて 山動き 根の戸開くは 土据え香取」と解釈すると、災厄の日が遂に来て「根の戸」が開くという内容になり、私見では地震と関係がある(「土据え香取」は千葉県(香取神宮)を指すと思います)と思っているのですが、一方で『か(かん?)とり」』は「辛酉」とも解釈できます(他にも同じ解釈の方がいましたね)。

今年2018年の「立待月(葉月の十七夜))」にあたる9月26日は「辛酉」なのです。このことから、その日に「根の戸」が開くこともまた心配しています。

さらに9月26日は満月の次の日です。「満月=月が満ちる日」もまた、何度となく出てくる重要なキーワードですから警戒しています。

(例:「引き潮の 波が洗うは 仮初めの 憂き世隠さん 月満つる時」(2017年12/20のお告げ)も、津波や高潮を連想させる歌です)以上、取り急ぎ気になっている点です。

これまでの考察をつなげているので、わかりにくい点・文章ですみません。個人的に、いろいろと「始まってきた」感があるので、皆さまにもぜひ気に留めていただきたいのです。

うまく言えないのですが、考察をしていると頭の中で時系列ができつつあり、お告げのそれぞれが繋がって来ているという感覚があります。

今回は海に関しての考察が中心でしたが、秋には、海だけでなく山(特に霧の山)でも何か起こるのではと危惧しています。大げさと笑われてもいいのですが、でも気に留めていただける方が一人でもいたらと願っています。何もなければそれで良いですし、何かあってからでは遅いということで…

 

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[9月8日の更新はここまで ですっ!]


 

新しい夢見[4/9夜]の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:7月5日(木
)

夢見では、波の女神様、白の君(白装束の方)、そして時白砂様からのお言葉がありました。

波の女神様
お告げを読み解く助言として、再度伝えられた事。

・詠まれた時に見る植物や景色、また和歌の季語などから、そのお告げが実現する季節がわかるとのこと。また、実現する年は直ぐとは限らず、将来、また数年に渡る場合がある。

・詠まれた数の分、解釈がある。

・誰が詠んだかにも、意味がある。下記は、現時点でそれぞれの方に対して漠然と思う事です。

→波の女神様:今後に起こる事柄の告知・それを乗り越える助言
→白の君:シクミ・タメシの告知、また警告や警鐘
→月珠様:知恵の助言
→時白砂様:時の知らせ、暦に関わること
→智能泉種様:(お告げを解くことで?)知恵をもたらす

波の女神様によると、和歌の中には正しく解釈されたものがあり、どの内容かはいずれ明らかにされるとの事でした。

ただ、大事なのは皆で協力して知恵を出し合うという過程であることも改めて伝えられました。将来、困難に直面した時に、皆で知恵を出し合う事が必要となるからでしょう。

白の君(白装束の方)
先にも考察しましたが、白の君の詠まれた二つの和歌は、どちらも警告する内容だと思います。

いは(わ)はしる なくねにさます かきつはた あやめさくとて すそやほころぶ

これは水の和歌です。邪悪な勢力が拡がりつつあり、世の中も自分達も、水で禊をするように穢れを祓う必要があるのだと思います。

きりかすみ たちたなびきて ほむらよぶ おもとゆひ(い)たる あをばはたたく

これは火の和歌です。身に着いた穢れを祓えず抱えたままであれば、その身に火種を抱えることになり、それは大きな悲劇を呼ぶ。

自分達で鎮めることができないのなら、荒御魂のより大きな力で鎮めていただくことになる(しかしそれは私達にとっては厳しい試練にもなります)。

※おばあちゃんが見た地図には、「タマシイ」「火」「祓」の文字がありました。正にこの事と思います。「タマシイ」は荒御魂の事でしょう。

災いを私達自らが招くことにならないよう、これまでにも再三に渡りお告げは警告しています。また、警告の徴もこの先何度もあるでしょう。

でも、徴を徴と受け取って省みることができるかどうかは、私達の心魂次第です。

年を昼夜に例うれば、明けと宵、最も入り乱れる。

明けを立春とするなら、宵は立秋となるでしょうか?または大祓のことかも。

神道には大祓という行事があり、年2回穢れを祓います。明けが、12月31日の大祓、宵は6月30日夏越の大祓にあたるかもしれません。

夢の中でおばあちゃんは白い矢羽のついた矢が浜に刺さっているのを見つけ、その矢を持つと矢は組紐になりました。

これは、以前白の君が放った白い矢が、西国(四国や中国地方)の地を「射た」ことを示すと思います。その矢が組紐に変化したのは、正に「結ばれた」ということ。

つまり、西国(四国や中国地方)にこれからタメシが起こると確定したことになります。射られた場所は「地の震える」とのお告げが以前ありました。文字通り地震がおこるか、その土地の人々が震えるような事柄が起きる可能性があります。

その地域の方も、またどの地域の方も、どうか祈りを欠かさずに、またできるだけの備えをなさって下さい。お願いいたします。

時白砂様
火の年、めでたけれ、禍々(まがまが)しけれ。』火の年は、喜ばしくもあるが、不吉でもあることよ。『火は天地の火のみに非ず、人より生まれる火も有り。

火の年の火とは、天火(→落雷による火)や地の火(→火山など)だけではない。戦火など、人災により生まれる火もある。

道に非ざる我良しの教えで火種に火種を重ねる者有り。教えに記された通りにうつつ世の時を進めんと、ひがこころする者有り。

道理に合わない誤った我良しの教えによって、邪な火種を重ねようとするものがいる。その誤った教えの通りに世の中を進めようとする、ひねくれた考えの者がいる。(→蜘蛛と形容される勢力のことか)

鳥鳴く方より弓矢の音聞こゆ。艮の背側の影の尾も伸びるぞ。

空飛ぶ武器や戦闘機(→鳥)が、飛び立つのを今か今かと急くように待機している軍団の場所から、(ついには)武器が空に放たれる音が聞こえる。艮の背側(→木の国、和歌山県か)にその影が伸びて近づくぞ。

ねぎられよ、ねぎられよ。めしひの者、ひがこころの者、かうむる者達のため。

重ねて幾度となく祈りなさい。周りが見えず盲信的な者達や、ひねくれた考えの者達、そして被害を被ってしまう者達のために(愚かな者達がその行いのために、罪もない者達へ被害を与える事がないように祈りなさい)。

火を治むるは水。シラナミ様のお伝え、守られよ。火の年の前にシラナミ様のお伝え有りた事の意味を理解されよ。

火を鎮めるのは水である。火の災いを鎮めるには、シラナミ様(波の女神様)がこれまでにお伝えになった助言を守る事だ。災いを小難とするために火の年の前にシラナミ様がお伝えいただいた助言の意味を良く理解しなさい。

水で消えぬ火は大水で消さねばならなくなるぞ。天火でもろとも消さねばならなくなるぞ。うつつ世の和を一時乱し、荒魂で押さえて頂かねばならぬぞ。』(一呼吸置かれて)『不安に思うかもしれぬが、先ずは災い治まるよう、祈られよ。

シラナミ様の助言を受け入れず、災いの火種を鎮める事ができないなら、大水(水害や津波など水の災害)で消さなくてはならなくなるぞ。

災いの火は、より大きな天火(落雷による火災、または天の意思による火、大規模な噴火も含まれるか)によってもろとも消さねばならなくなるぞ。

天の災害によって現世が一時的に混乱する事になってしまうが、それでも荒御魂によるお力で抑えて頂かなくてはならなくなるぞ。不安に思うかもしれないが、先ずは災いが鎮まるように、祈りなさい。

ニシビサス、トリ、ヨタカオツ。

意味:西日を浴びる鳥、夜に鷹は落ちる。

考察:『トリ』は飛来する物を指し、『タカ』は鷹のように見える飛行機(→戦闘機?)のことではないかと思います。なので、カタカナの言葉の意味は、「夕方に鳥(飛来する武器や戦闘機か)がやって来て、夜には戦闘機が墜落する。」ということだと推測されます。

これは以前の『くれなゐの〜』『はるかすみ〜』の和歌や、「北には鷹ら、ふた、垂り、なり。南の鷹ら、ふた、此処、なり。東西、いつ、ふたやにて出ずる。今現、三日月やの美し。北は丘、南は島。」(少し甲高い男性の声)のお言葉と繋がる内容かと思います。

クニガワリ、ハカリゴト、メザメ。

意味:国が替わって新しい国へと取って変わる時、企みが動きだす。

考察:どこかの国が新しく替わる時は、企み(計略)が裏で働いているという事でしょう。仕組まれた国替りという事かもしれないです。

まず北朝鮮のことが思い浮かびましたが、世界情勢から言って、他の国々の可能性もあります。日本もその一つと思います(天皇が替わりますので)。

【気になること】
白の君が詠まれた和歌の『かきつはた(杜若)』と『あやめ(菖蒲)』、また『きり(霧)』と『かすみ(霞)』について。

それぞれ似て非なるものとして詠まれていましたが、この対比が繰り返されたことに意味を感じます。一見「正」と思えるものでも、実は違うのかもしれない。そうした別物に惑わされないようにとの警告でしょうか?

また、時白砂様のお言葉の中にあった『道に非ざる我良しの教え』とは何を指すでしょうか。それは偏った考えで作られた「教え」であるのに、人や世の中によくない影響を与えている。

それが、人災の根元になっているのかもしれません。書物、教典、思想、それから憲法の可能性もありますね。

それから、『いははしる〜』の和歌についてはもう一つ気になる点があるので、別に改めて考察します。

 

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オタマノヤシロについて

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:7月5日(木
)

『オタマノヤシロ』はなぜ「ミタマ」でなくて「オタマ」なのかと、ずっと引っかかっていました。

というのは、社(=神社)は神様の御魂(ミタマ)を祀る場所なので、「ミタマの社(→御魂を祀る神社)」ならしっくり来ますが、「オタマの社」では何だか違和感があったからです。

ところで「社(やしろ)」は、かつては「屋代」の事でした。つまり、神様の仮の家という意味です。

古神道の時代、神様が儀式の時など、時折人の近くまで降りくると考えられていました。

そして、降りて来た神様が一時的に住む仮の家が「屋代」です。屋代は簡易なものでしたが、やがてしっかりとした造りの社殿が建てられるようになり、それが社=神社となっていったようです。

ところで古神道では、自然の中にある岩や木や、また山や滝などを神様の依代(神様が宿る物や場所)として祀りました。※神様の依代のことを神籬(ひもろぎ)とも言います。神籬には、依代または神域の意味があります)。

つまり、依代もまた「屋代」と言えるのではないでしょうか?

ということは、『オタマノヤシロ』は「依代であるオタマ」という意味とも考えられます。

『オタマ(御玉)』は、名前からして玉状のもの、丸い岩石や玉(ギョク)が想像できます。また「玉」にはもともと神聖な、という意味があります。

もし『オタマノヤシロ』が「依代であるオタマ」の意味だとしたら、丸い磐座や勾玉のようなものではないかなと考えています。

ところでこれまでのお告げの中で、「磐座から音が響く」という描写が何度か出て来ており、神託のようなものかなと漠然と思っていたのですが、「新しい夢見[4/9夜]」(2018年4月11日掲載)で白の君が詠んだ、いは(わ)はしる なくねにさます かきつはた あやめさくとて すそやほころぶきりかすみ たちたなびきて ほむらよぶ おもとゆひ(い)たる あをばはたたくの二つの和歌を考察した後に、もう少し別の考えが浮びました。

『きりかすみ〜』の和歌の解釈の一つとして、神籬(神域)に雷が落ちると考察したのですが、それはもしかしたら、神籬に祀られた磐座に落雷するということかもしれません。磐座から響く音とは、落雷による轟音もあるのではないかと思います。

そこからまた『いは(わ)はしる〜』の和歌に立ち戻ると、もう一つの解釈が生まれました。

石走る 鳴く音にさ申す 垣つ端 文目割くとて 裾や綻ぶ

意味:岩が飛び散り、響く音で、さらに申し上げる垣根の端。砕かれた岩が、麓に現れる。

考察:〈語句の意味〉
・石走る:岩が飛び散る
・文目:物の形
・裾:山の麓、川下
・綻ぶ:現れる

神籬にある磐座が落雷で砕け散って、神籬の境界である麓の垣根には、砕けた石が転がってきて現れる。

また砕ける轟音が麓にまで響くことで、さらに(神様からの言葉を)申し上げ伝えるものである、という解釈です。

状況をもう少しわかりやすく説明すると、普段は立ち入れない神籬(聖域の山など)に磐座が祀られているが、そこに雷が落ちて音が轟き、麓の人々も何かあったのか?と思っていたところに、雷で砕かれた磐座の断片が麓の境界にまで転がって来たことで、磐座が雷で崩れたことを人々が知る、という感じです。

この解釈から考えて、『オタマノヤシロが崩れる』とは、磐座が落雷で崩れる、といことではないかと推測しました。

しもどこかでその様なことがあったら、波が襲うという警告なのかもしれません。オタマノヤシロの考察の一つとして、ご参考下さい。

 

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『いは(わ)はしる~』の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:6月29日(金
)

「新しい夢見[4/9夜]」(2018年4月11日掲載)の二つの和歌のうちの一つ、『いは(わ)はしる なくねにさます かきつはた あやめさくとて すそやほころぶ』(白の君)について二つ考察します。

(1)「石(磐)走る 鳴く音に醒ます 杜若 菖蒲咲くとて 裾や綻ぶ

意味:岩の周りを水がしぶきを上げて激しく流れる。響き渡る音に杜若が目覚め、菖蒲も咲こうと蕾の先が開く

考察:〈語句の説明〉
石(いわ):岩、岩石
石走る:岩の上や間を水がしぶきを上げて激しく流れる
鳴く音:響く音
醒ます:目覚める
:先端、端
綻ぶ:蕾の先が少し開く

杜若(カキツバタ)と菖蒲(アヤメ)の花は似ていますが生える場所が異なります。杜若は水辺など湿地に、菖蒲は草地に育ちます。

和歌では杜若と菖蒲は近くに生えているのですが、普通なら同じ場所には成育しにくいはずです。この点が不思議なところですが、考察をすると次のような状況だと推測できます。

「とある水辺」にはかつて杜若があったが、水が涸れて湿地ではなくなったので杜若は生えなくなった。乾燥した土地には、代わりに菖蒲が生えるようになっていたが、菖蒲の花が咲く頃になって、元水辺に急激に水が戻る。それによって杜若も眠りから覚めるように生え出す。

この和歌のポイントは、涸れていた水辺に突如として水が勢いよく戻るという点です。これは「徴(しるし)」であり、そのような事があるとすれば季節は菖蒲が咲く4月下旬~5月下旬頃と予想できます。

ところで「石走る」とは、水がしぶきを上げながら岩の上や間を激しく流れる様子のことです。普通は川や滝など、岩がゴツゴツとある急流を形容するのに使います。

ですが、和歌に詠まれた水辺が川とは考えにくいです。川は一時的に涸れる事があっても、雨が降ればすぐ水が流れる場所ですから、周辺に菖蒲が咲くほど乾地になるとは思えません。

なので、和歌に詠まれた水辺は元は水が湧き出ていた泉や池のような所だと思われます。そしてその中には「岩」があり、岩の周辺で水が湧いたり激しく流れたりするのでしょう。

この「岩」ですが、「磐座」ではないかと思います。和歌に「鳴く音に醒ます (=響く音に目覚める)」とあるのですが、これまでのお告げにも磐座から音が響く描写が何度か出てきているからです(『ひもろぎの~』、『ツキミツル~』参照)。

なので「鳴く音に醒ます」の「音」には、水音と磐座の響きの二つの音が掛けられていると思います。

まず磐座が響き→その音に目覚めるように水が急激に戻る→その水音によって→杜若が再び目覚めるように生える、という流れが想像できます。

ところで、涸れて再び水が戻るという水辺ですが、イメージとしては木嶋坐天照御魂神社の「元糺の池」がぴったりです。

「元糺の池」は池の中に磐座が祀られていて、かつては水が湧き出ていました。禊をする神聖な池で、推古天皇も禊をしたそうです。

もちろん和歌に詠まれた水辺が「元糺の池」とまでは断定できませんが、少なくとも同じような感じの場所だと思います。

もしそうした場所に水が戻るなら、禊で穢れを糺す(ただす)必要があるという徴なのだと思います。

二つ目の考察は、以前の「7つの太鼓の音」(投稿日:2018年2月7日)の最初の太鼓の音の光景と関連します。

(2)「網は走る 七杭根にさ増す 垣つ端(/杜若) 文目(/菖蒲)割く(/放く/咲く)とて 裾や綻ぶ

意味:七つの杭にさらに杭が増した垣根。その垣根の端に、蜘蛛の糸が延びる。文目(→網目模様の蜘蛛の巣)を裂こうとして、杭の先端が露わとなる。

考察:〈語句の説明〉
綱(い):蜘蛛の糸、蜘蛛の巣
走る:ある方向にすばやく広がる、延びる
杭根(くね):境界となる垣根
文目(あやめ):模様。/(物事の)道理、分別
割く:裂く、切り離す
放く(さく):遠ざける、離す
:細長い物の端、先端
綻ぶ:(見えるように)現れる、露わとなる

和歌の『かきつはた』と『あやめ』は掛詞になっていて、一つには植物の「杜若」と「菖蒲」です。

二つの花はとてもよく似ていますが、花弁の模様が違います。「杜若」は白く細長い模様があり、一方「菖蒲」には網目模様があります。

このことから和歌では、杜若の模様を「杭」に、菖蒲の模様を「蜘蛛の巣」に見立てて暗示しています。

蜘蛛はこれまでのお告げにも度々出てきており、神様のご意向に反するもの、邪悪なものの象徴かと考えられます。蜘蛛の糸が延びるとは、そうした邪悪な勢力の拡がりを意味するでしょう。

杭根(くね)とは垣根のことで、杭を差して境界としました。

以前の太鼓の夢見にあった七本の杭が「七杭根」ではないかと思うのですが、夢では七つの杭の後ろに、さらに別の杭が2列あったとのことでした(→七つの杭にさらに増して杭があった)。

そして、そのうちの一本が尖った先端を上に向けていました。

和歌は、蜘蛛と揶揄される邪悪な勢力が、糸を延ばすがごとく拡がりをみせ、世の中の道理を揺るがそうとするが、それに対抗して境界にある杭が尖った先端をあらわして蜘蛛の巣を裂いて防ごうとする、という意味だと思います。

※「文目放くとて」と読めば、「(蜘蛛が)世の道理を遠ざけようとして」と解釈できます。「あやめさくとて」の箇所は幾重にも重ねて掛詞になっています。

太鼓の夢に出てきた七つの杭(杭根)は、もしかすると、この世界の秩序を護るような境界、または結界のようなものなのかもしれないですね。杭に書かれた文字を考えてもそのように感じます。

もし杭が蜘蛛の巣に絡め取られてしまったら、世の道理が狂い、我良しの世界となってしまうかもしれません。

杭の先端があらわれるのは、我良しに抗う心の現れなのかも。七杭根はまた、私達の心の風景とも言えるかもしれません。

 

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『きりかすみ~』の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:7月2日(月
)

「新しい夢見[4/9夜]」(2018年4月11日掲載)の二つの和歌のうちの二つ目、『きりかすみ たちたなびきて ほむらよぶ おもとゆひ(い)たる あをばはたたく』について二つ考察します。どちらも強い警告の内容です。

(1)「霧霞 立ち棚引きて 焔呼ぶ 御許結いたる 青葉はた焚く

意味:霧の中に霞が棚引き炎を呼ぶ。その炎はまた、結んだ御座所の青葉をも燃やす。

結ふ:結ぶ、縛る
御許:御座所(貴人や天皇の居る場所の尊敬語)
棚引く:(煙や霞が)横に長く引く
結ふ:結ぶ、縛る
はた:さらにまた
焚く:燃やす

考察:霧と霞は同じ自然現象なのですが、和歌では並列に詠まれているので、別個の物を指しています。「霧」は霧の事ですが、「霞」は噴煙かと思います。

霧は秋の季語なので、季節は秋。霧の立ち込める山に噴煙も上がり、やがて炎も見られるほどの噴火になる。

その山には神社があり、注連縄の結ばれた御神木があるが、その青葉も噴火で燃えてしまう。という事のようです。

御許(おもと)は貴人の居る場所に対する尊敬語ですが、縄などで結ばれている事や青葉があることから、ここでは神籬(依代)の御神木の事だと思われます。

*神籬とは、神様が居る場所(神域)や、宿る依代のことです。

秋に霧の山で炎が見えるほどの噴火があること、その山の神社が噴火による火災にあうことがこの和歌の趣旨かと思います。これは火による「徴」です。

ちなみに、霧の山と言えば文字通り霧と所縁のある「霧島山(霧島連山)」が思い浮かびます。

天孫降臨の聖地なので、徴の場所として可能性がありそうですが、この和歌だけでは断定はできません。ただ、霧島神宮は過去にも噴火による火災にあっています。

二つ目の考察です

(2)「霧霞 立ち棚引きて 焔呼ぶ 御許結いたる 青葉霹靂く

意味:秋には霧が立ち 、春には霞が棚引いてそれぞれ炎を招く。御座所を結んだ木の青葉に雷が激しく轟く。

考察:〈語句の意味〉
:炎、燃え立つような感情
霹靂く(はたたく):(雷が)激しく轟く

考察:霧も霞も気象現象としては同じものですが、季語や言い回しに違いがあります。霧は秋の季語で「霧が立つ」と言い、霞は春の季語で「霞が棚引く」と言います。

和歌では、霧と霞で春と秋の二つの季節を暗示しており、霧(秋)/霞(春)が発生する時に『ほむら(焔)』を呼ぶと予言しています。

秋の「焔」については、(1)で考察した噴火のことだと思います。

春の「焔」については戦火など、人災によるものに思えます。また、神様の怒りの感情も投影しています。

歌の後半で、御許を結ぶ青葉に雷が轟くとありますが、ここでの御許も神籬のことで、特に神域としての意味合いになると思います。

神籬(神域)は、常盤木(ときわぎ、常緑樹のこと)を立てて縄で囲みます。和歌の「青葉」はこの常盤木の葉のことです。囲みの中が神様の領域となります。

和歌では、神籬の中に雷が落ち、それで「青葉」に雷の轟音が轟いているということかと思います。この雷は神様からの怒りの「徴」です。

(2)の解釈では、「焔」は戦火など人災によるもので、それに対して神様がお怒りになったために雷を落としています。これは荒御魂による警告です。

もしそうした出来事があるとすれば季節は春でしょう。※以前考察した『くれなゐの~』『はるかすみ~』が、春に起こる火の災いの内容だと思います。

(1)、(2)の解釈とも、強い警告を感じる内容です。できれば、秋に噴火による「火」の徴を受けた時点で、私達が心魂を改め、その後の人災に至らないようにできたらと思うのですが。

春に万が一、戦火による被害が出てしまったとしたら、神様はお怒りになり、荒御魂による収束が図られることになるでしょう。私達にとっては、そちらのほうがより畏れることとなります。

時白砂様も仰っています。『水で消えぬ火は大水で消さねばならなくなるぞ。天火でもろとも消さねばならなくなるぞ。うつつ世の和を一時乱し、荒魂で押さえて頂かねばならぬぞ。」(一呼吸置かれて)「不安に思うかもしれぬが、先ずは災い治まるよう、祈られよ。』

この『天火』といのは、雷による火災のことです。私達にできることは、心魂を改めて平和を祈ることです。神様の荒御魂を呼ぶことのないよう、愚かな火種を自ら作らないことです。

 

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