不思議探偵社

UFO・宇宙人・予言・古代文明・超常現象・都市伝説・占い等 最新ミステリーから謎多きミステリーまで!さくらさんの未来予知公式サイト

             

予言・予知・占い

[謎解き]おばあちゃんの話~チョココロネさんの考察ページ2~(6月27日更新)

2018/06/27

チョココロネのイラスト

みひろんさんのおばあちゃんの「海の神様の話」において、説得力のある考察を継続的にご投稿してくださっているチョココロネさん

みなさんからの考察も増えてきたことから、チョココロネさんの考察を掲載するページを作りましたっ!

これまでのチョココロネさんの考察

おばあちゃんの話~[謎解き]チョココロネさんの考察ページ1

40、41、42、43と31の数字について(6月27日) NEW!

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:6月16日(土
)

ひいおばあちゃんが出てきた新しい夢見[2018年3/25]の、テレビに映った数字と、おばあちゃんの雑感で浮かんだ31について。

数字は、これまで伝えられたお告げの内容に対応するかもしれません。下記は、もしかしたらこの事では?と思うものです。

【40】→「2017年12/17夜の夢見」の内容。『なみのこえ おつちのこえに わしまして ねぎりとどけ よいのちのひかり』(波の女神様)の和歌が詠まれ、東に向かって祈る沢山の人々と動物達が浜辺などで祈る姿が見られた。東→北→南と西→南と東、また空と波にも欠かすことのないよう祈りなさいとのお告げでした。

【41】→和歌『ひきしおの なみがあらう(ふ?)は かりそめの うきよかくさん つきみつるとき』『たまお(を?)つる つゆとしずくはしらねども ひじりさきわう(ふ?) みよあらまほしけれ』(2017年12月23日掲載)

【42】→「テンノゴコウ」と「羊の夢」(2018年1月3日掲載)」

【43】→おばあちゃんの「赤・黒・金(装飾程度)」のイメージ(オタマノヤシロ?)ひいおばあちゃんの夢では、テレビに映った数字は40からカウントアップされ、43からまた40へと数字が戻りました。

これは、【43】のお告げに関わる事柄から始まり、次に→【42】→【41】→【40】という順でお告げが実現化していくのではないか?と感じました。

理由は確証がないのでお伝えしにくいのですが…。全くの思い過ごしかもしれないのですが、ご参考までに。

また同様に、新しい夢見[4/9夜](2018年4月11日掲載)の、おばあちゃんの雑感の中に出てきた数字31については、【31】→『めやすぼし』(那佳智加楽月珠様、(2017年11月16日掲載)、2018年1月12日掲載))が対応すると思います。

 

『ツキミツル〜』の考察(6月27日) NEW!

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:6月16日(土
)

2018年3月31日の夢見の『ツキノミツル、ナミノマジワル、イワノネムル、ツチノヲ(オ)トラフ(ウ)。』(月珠様?)について考察します。

考察は以前の投稿とリンクした内容になります。

月の満つる(時)、波の交わる、磐の音群る(時)、ツチノヲ捉らふ。

意味:満月の時に、波が交わる、磐座の響きが群れる時、ツチノヲ(槌男)が捕らえる。

考察:『ツキミツル〜』が祈りの言葉として伝えられた事を踏まえると、「満月の時に、波が交わりますように、磐座の響きが群れる時、ツチノヲ(槌男)が捕らえますように。」という意味のほうが妥当かもしれません。

ツキノミツル、ナミノマジワル』について以前詠まれた和歌『ひきしおのなみがあらう(ふ?)はかりそめのうきよかくさんつきみつるとき』(白の君)と重なります。

この歌は、隠れていた物事が表面化するという内容でした。歌中にも満月が詠まれています。

「波が交わる」とは、神様から伝えられた事が私達の世界に反映される、つまり『ムスビ』が起こることを意味します。

それが辛い「タメシ(試練)」であっても私達には乗り越えるべき大切なことなので、このように祈りなさいという事かと思いました。

イワノネムル、ツチノヲ(オ)トラフ(ウ)。』についてこちらは、2017年の神在祭の最終日に詠まれた、『ひもろぎの いわにひびくは かみのこえ いずれきこゆは とうげのしらせ』(力強い男性の声)『なみひきて たけづつひかる つきのよに ゆきてうみや ますめらみちびく』(波の女神様)の二つの和歌が思い当たります。

解釈した「磐の音群る」とは、(各所にある)磐座から、神の声が、一斉に響くという意味です。

また、「ツチノヲ捉らふ」は、槌男(=タケミカヅチ)が何かを捕らえる、という意味です。

つまり、磐座が一斉に響く時、タケミカヅチが捕らえるように祈りなさい、という事だと思います。

では、何を捕らえるのか?ですが、和歌を照らし合わせるとより具体的に推測できます。

『ひもろぎの〜』は、磐座から「大峠」の知らせが、いずれ伝えられる、という内容の歌でしたが、続く『なみひきて〜』ではタメシの期間が終わり、いよいよ大峠が到来する・始まる事を意味していると思います。

私見では、大峠とは『客星(=彗星など?)』が地球や月に影響して起こす大変革の事と予想していますが、タケミカヅチが捕らえるものとは、その『客星』ではないでしょうか?

以前のお告げでは、『客星は過ぎ行く』ともありました。タケミカヅチが捕らえることで、大難を小難にできるのではないでしょうか。

ところで、おばあちゃんがこの夢を見た2018年3月31日は満月でした。

前に、満月の度に過去のお告げを読み返すように言われた事がありましたが、満月の日は、神様からのメッセージと私達の祈りが伝わりやすい日なのかもしれません。

最初の頃は意味がわからなかったお告げの内容も、見返してみるとパズルのように繋がって来るかもしれません。

 

スポンサーリンク

 

4/2の夢見(白の君)の考察(6月27日) NEW!

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:6月16日(土
)

おばあちゃんが2018年4月2日に見た、波の女神様と白の君(白装束の方)が出てきた夢について考察します。

夢の中で白の君が地図を見せている間、右手に持った弓で、空に向かって空弓(からゆみ)を4回ほど引かれていました。

これは鳴弦(めいげん)または弦打(つるうち)とも呼ばれるもので、魔気や邪気を祓う意味があります。

地図では日本の山の絵や文字が脈打つように見えた、とのことでした。

白の君は『富士のハラカラ、海を越えた富士のハラカラの動きは為すに任せるようにしなさい。』と仰っていました。

最近、国内だけでなく海外でも火山活動が活発ですが、それは悪いことではなく、地球の息吹のような自然な営みです。

白の君が鳴弦をしたのは、お山の活動についてというより、地図に現れたシクミがこの先ムスバレる時に大難を小難にするためや、シクミ以外の邪(人の心の中の)などを祓うためではないかと思います。

ちなみに、鳴弦と同じ意味合いのものに鏑矢もあり、鏑矢の高い音で邪を祓います。

以前に白の君が矢を7本放ったことがありましたが、最初の2本は鏑矢でした。

その時は、鏑矢の音に呼応するように空と地からゴーッという音がしたので、空と地(または海)が邪で穢されないように祓われたのかと思います。

地図には様々なシクミが記されていました。動きがある箇所はシクミが動き出してハタラキ(作用)が出ているところ。

ハタラキがやがて私達のいる現世とムスバれると、何かの事象が起こることになる。

気になるのはお山の活動よりも、四国周辺の渦巻きの方かもしれません。

四国といえば、白の君が以前放った白い矢が向かう西国の方角にあたるからです。

地図の四国周辺の渦巻きから思い浮かぶのは、「崖(ほき)起ちて淡島中に巡りける臥したる龍の鳴門の巴」という以前詠まれた和歌です。

西国(四国や中国地方)は警戒を強めるべきではないでしょうか。

白の君が最後に仰った言葉『タケヅツホノアカリ、アカシ』について。

意味:「タケヅツの仄かな光は、赤い(/明るい)」この『タケヅツ』が何を意味するのかが、今後重要なポイントになると思います。

『タケヅツ』は以前の和歌にも出てきた言葉ですが、私見では大峠に関係するものと考えています。『

タケヅツ』は、一つには竹筒(かぐやひめとの関連から、産霊の意味も含まれるか)、二つ目は星(客星の事かも)、三つ目は雷(タケミカヅチと関わる)のことと予想していますが、まだ考察が必要です。

 

スポンサーリンク

 

[6月27日の更新はここまで ですっ!]


 

3つの徴の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:5月19日(土
)

新しい夢見[2018年3/18夜]」の「シクミ(四九三)」の巻物(黒の君)の冒頭部分について考察します。内容は『これより先のある時の、3つの天の徴(しるし)』についてでした。

1つ目の徴(しるし)

昼間の空に星透けて見える時、いずれ来たる。その後に訪れしモノを知らす徴なり。

徴現われたらば、身構えよ。

昼間に透けて見える星とは、以前のお告げにもあった『めやすぼし(目安星)』のことではないかと思います。

『めやすぼし』が見える事、またその見える位置によって、この先に起こる事が予測できると以前考察しました。

『めやすぼし』は『ヤタ ミツクリノ ヒ(八咫 御造りの 火=太陽が造る火の意味か)』だと考えているのですが、太陽の火の明るさであれば当然昼間にも見る事ができるはずです。

以前、『めやすぼし』が「天鶏」の星官(星座)の場所に現れ、その後「狗国か狗の星官」の位置に移動したら『…社に気を付けよ。』→「オタマのヤシロに気をつけよ」という事ではないか?と考察しました。

「シクミ(四九三)」の巻物の1つ目の徴とは、このことを言っているのではないでしょうか?

星官とは古代中国で考えられた星座のことなのですが、「天鶏」「狗国・狗」の星官は、西洋の星座だと「いて座」の中に含まれます。

もし『めやすぼし』が昼間の「いて座」の位置に見えるとするなら、その時期は秋から春の間と予想できます。(加えていうなら、年明け前、神在祭の頃ではないかと思っています)

ところで『めやすぼし』は我良しの方には見えない星ということでした。見えなければ前兆を知ることができず、何か起こる事に対して『身構え』ることができません。

『めやすぼし』の徴が現れるまでに、我良しを捨てて皆良しの心にすることができれば、この先の困難も、うまく越えられるかもしれません。

2つ目の徴

1.『東の夜空にタイハクの星現る。彼の星、みかぼしとなりて、ケイコクの星、次いで消え入りそうな月を引き連れ天に昇る。

意味:東の夜空に太白の星(=金星)が現れる。かの金星は「御河星」となって、ケイ惑の星(=火星)と、それに次いで現れる新月前の月を引き連れて天に昇る。

考察:「御河星(みかぼし)」とは、「天の川の星」という意味だと思います。

東の空に金星が現れ、その金星は天の川の付近にある。金星の後には火星と、新月前の月が昇る。

そのような条件の星空を探してみると、2022年2月28日~3月2日頃の明け方が当てはまります(他の方の考察でも同じ時期が挙がっていました)

図は2022年3月2日の朝7時の星空です。

「今日のほしぞら」でシュミレーションした画像

[画像:国立天文台より]

図を見ると、火星と月の間に、水星と土星もある事がわかります。

2.『彼の三つ星が近く等しく並ぶ頃、引き連れられた日がシンセイの星を脇に従えて昇る。

意味:かの3つの星が、近くに一直線に揃って並ぶ頃、太陽が辰星の星を側に従えて昇る。

考察:『近く等しく並ぶ』は近くの星同士が一直線に並んでいる様子です(等間隔とは限りません)

図を見ると、火星・水星・土星が黄道のすぐそばにある事がわかります。おそらく『三つ星』はこの3つを指しています。

太陽系の惑星は黄道付近に見られるのですが、金星は他の星よりも黄道から外れているので一直線上には見えず、「三つ星」に該当しません。また月は星に数えません。

次に「太陽が辰星の星を側に従えて昇る」についてですが、「辰星(しんせい)」とは単に星のこと(星の総称)です。

「辰星」には水星の意味もあるのですが、水星は既に『三つ星』に数えられているので、ここでは単に「星」として解釈します。

図を見ると、昇った太陽のすぐ側に木星がありますが、これが『シンセイ(辰星)』に該当します。

木星には「歳星」という名前があるのに、敢えて「辰星(=星)」という言い方をしているのは、おそらくこの後に出てくる「太歳」と混同させないためではないかと思います。

3.『日が海に沈む頃、アツチの星はタイサイの星を脇に従えて午の方の空に現われる。

彼の二つ星は共に抗いて引き連れられてきたものなり。

意味:太陽が海に沈む夕方の頃、すばるは太歳の星(=祟り星)を近くに従えて南天に現れる。すばると太歳の星はお互いに争いながら引き連れられたものである。

2022年3月2日17時の星空(日没間近)です。

「今日のほしぞら」でシュミレーションした画像

[画像:国立天文台より]

考察:最初『アツチの星』の意味が不明だったのですが、日没間近の図を確認したところ『午の方の空(=南天)』に現れていたのは「すばる(昴)」でした。このことから、アツチの星=すばる(昴)だとわかりました。

ところで「すばる(昴)」という名前は、「統ばる(=集まって一つになる)」が元になっていると考えられます。「すばる(昴)」は、いくつもの星が集まった星団ですから、『アツチの星』とは「集つ箇(=集まった複数個)の星」の意味かもしれません。

次に、「すばる」と抗っている「太歳の星」についてですが、「すばる(昴)」に集合する(統ばる)事はせず、でも近くに見える星なんだろうな、と想像できます。

現在そのような星は見えないかもしれませんが、もしこのような星が現れたら、それが「徴」ということでしょう。

気になるのは、その星を「太歳(たいさい)」と呼んでいる点です。

「太歳」とは木星と正反対に位置する虚像(仮想の星)だと言われます。

しかし図で確認できるように木星は太陽と一緒に西にありますから、ここでの「太歳」の意味は木星の虚像のことではありません。

「太歳」には「祟り(神)」という別の意味もあります。よって、ここでいう「太歳の星」とは、「祟り神(荒御魂)の星」という意味だと思います。

もし、2022年の2月28日~3月2日頃の星空に、すばるの近くに見慣れない星が現れたなら、それが「太歳の星」であり、「祟り」の徴となります。

逆に太歳の星が現れなければ、徴の時は2022年2月28日~3月2日ではないということです。

「祟り」というのは天変地異や疫病の流行などです、過去にもそうした事例がありました(古事記にも記述がありますし、奈良時代にもそのような事がありました)

祟りを抑えるには、神様の荒御魂を鎮めなければなりません。

 

3つ目の徴

3つ目の徴。もう一つの時の知らせ。』『ヨコにタテ、そしてヨコ。』『その時は多くの星が天つ龍の頸と前足に、アツチの星の傍下に引き寄せられ集められる。

意味:3つ目の印は「土」。その「土」の時には、多くの星が「天の青龍」の頸と前足に、また「すばる」のそばに引き寄せられ、集められる。

考察:天つ龍』とは二十八宿の東方青龍の事で、「頸」に該当するのは亢宿、おとめ座の辺りです。また「前足」は?宿、てんびん座の辺りです。

おとめ座とてんびん座、またすばるのそばに、星が引き寄せられ集められる時とは、「土」の時のようです。

ヨコにタテ、そしてヨコ。』とは漢字の「土」だと思います。「土」といえば、「新たな「記憶のお告げ」(2017年9月25日掲載)」の下記の文が思い出されます。

3.『まことのつちの たつおりて、はじまるみよは ひかりのよ、いたるみちのり きびしけれど、わしてねぎれば みちはひらけん おどろくなかれ たまてばこ、つちうみそらも ひちへんげ やがてしるべし きんのむなしき、やがてくゆべし いくさむなしき

意味:真の土の辰が降りて始まる(神様の)御代は光の世である。至るまでの道のりは厳しいけれど、(皆で)和して祈れば道は開けるだろう。

驚くなよ、玉手箱を。土も海も空も七変化のように様変わりする。やがて知るだろう、金が虚しいことを。やがて悔やむだろう、戦が虚しいことを。

「真の土の辰が降りて」が意味するのは、干支(かんし)が戊辰(つちのえ たつ)にあたる2048年ではないかと考えています。

戊辰の年は、「戊」が土の陽干で「辰」は土の陽支なので、同じ「土」の気が重なり比和となるので。

この2048年に、
日の中に月が入り、地つ龍を真中より二つに断ってゆく。』『ケイコクの星は天つ頂きを超え、そを見ゆ。』(一呼吸置かれて)『その徴に後先し、日の老いたる者、龍に跨り天に昇る。』『客星は過ぎ行く。』『時を経て天よりミヤコ降り来たる』という一連の出来事が起こるのではないでしょうか?

・『日の中に月が入り』とは、太陽に月が入る(取り込まれる?)のでは。

・地の龍が真ん中から2つに断たれるとは、地球が割れるということでしょうか?

・このようは地球の大きな変化は、火星が南天を越える頃に起こる。

・こうした変化(徴)に前後して、『日の老いたる者(→寿命の尽きた者の意か)』は昇天する。

つまり、地球の大変革に耐えられなかった者達は亡くなるということかもしれません。し

かし龍が天に連れて行ってくれることから恐れる事はないですよ、ということでしょうか。

・『客星』は、おそらく月や地球に上記のような影響を与えるだろう彗星の類かと思います。つまり、月が(突き飛ばされて?)太陽に入るのも、地球が割れるのも、『客星』の影響(衝突したなどで)だったのではないでしょうか。

・地球は『客星』により大きなダメージを受けるのかもしれません。立て直すまでに時間はかなりかかるでしょう。

それにもし月が無くなくなってしまったら、引力バランスの影響も出ているでしょう。全く想像がつきませんが、現在の地球とは全く様子が変わってしまうと思います。もしかしてこれが『大峠』でしょうか?

・『時を経て天よりミヤコ降り来たる』とは、『大峠』が終わった後の次の世の始まりを意味するかもしれません。『光の世』または『花開く世界』でしょうか。

というように、3つ目の徴を考察すると、信じられないような内容になってしまいました。

しかし、玉手箱の光景など、これまでのお告げにも重なる部分があります。

もちろん、全くの想像ですし、さすがに突飛すぎますから、私自身もまさかと思いつつ考察していますが、「土」の時が来ると本当に驚くようなことが起きるのかもしれません。

それは単に彗星が地球や月に影響を与える(衝突する)だけではなくて、もっとスケールの大きな宇宙規模のことかもしれません。

なぜかというと、『その時は多くの星が天つ龍の頸と前足に、アツチの星の傍下に引き寄せられ集められる。』とあるように、宇宙の遠くの星々の様子も変わっているからです。

これまでにお告げに何度となく出てきている『大峠』とは、このような事なのでしょうか。考察に過ぎないとは言え、自分の想像を超えすぎていて、まだよく呑み込めていません。

 

スポンサーリンク

 

「波の女神様」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:5月10日(木
)

2018年3月18日の夜の夢見では、波の女神様から海を渡ってやって来る者達とも和して受け入れよ、とする内容が語られました。

『あらゆるものを取り込むのが和の力です。他を敵と思えば敵になり、敵と思わねば敵はいません。ワの前には敵なし。』『この国がこの国たる所以はワのチカラにあります。これがなければこの国は消えてしまうでしょう。』

日本の長い歴史を振り返ってみても、確かに多くの人々が海を渡ってやって来て、日本に根を下ろしました。

中には友好的でない場合もあったかもしれませんが、結果として和した。それは他者を思いやり受け入れるという精神のなせる技だったのではないでしょうか。

もしかすると将来、他国から渡ってくる人々が増えて行くかもしれませんね。移住か、移民か、別の理由でも。

そうした時に、区別や差別、また争いをするのではなく、和して受け入れるべきだと女神様は仰っているように思えます。

以前の羊が出てきた夢の時も「海を渡ってやってくる人々と和して受け入れなさい。」ということがお告げの趣旨なのでは?と考察しましたが、今回のお告げにも同じ印象を受けました。

今回、波の女神様が日本とは異なる衣類を身に付けていらしたことも意味深く感じました。波の女神様は何も日本だけの神様ということではないのでしょう。

考えてみれば、日本だけでなく多くの国が海に面しています。他国についても広く見守ってらっしゃるのだと思います。

女神様から見れば、人は国の違いなく同じ同胞であり、その同胞同士が和すことが望ましいとお考えなのだと思います。

 

「白装束のお方」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:5月7日(月
)

2018年3月18日の夢見では、おばあちゃんは白の君(白装束のお方)から古地図をふたたび見せられて、いくつか変化した箇所を確認しました。

若木の祈りで全ての災いを無くす事を望むなかれ、シクミにより来たるべきものは無くならず、無理に留めればそれだけ返しが大きくなる。

白の君の地図に現れているのは、『シクミ』なのですね。地図の様子を見れば、どこの『シクミ』が動き出していて『ハタラキ』が生じているのかがわかります。

今は実感しなくても、『ハタラキ』が表面化したら、いずれ私達も知ることになる…つまり災いなどが起きるのでしょう。

ただ、地図にあるのは悪いことばかりではないとも以前言われていますから、全てが災いに繋がるものではないと思います。

白の君によれば、『シクミ』による災いは避ける事ができないタメシである、との事です。これは神在祭の時に言われた『(大いなる方による)大いなるタメシ』と同じことだと思います。

大いなるタメシは心魂を磨くために必要な試練ですから、辛くても向き合って乗り越える必要があります。

『大いなるタメシ』が辛いものであったとしても、私達は謙虚に受け止めなければなりません。やみくもに全ての災いが無くなってほしいと願うのは虫のいい話ということなのでしょう。

ただ、大難を小難にという祈りは『良し』とのことですから少しほっとしました。と言っても、もちろんワルノリしてはいけませんけれど。心掛けが大事ですね。

地図の様子から、全国的にお山が活動的になっている印象です。

渦の意味はまだ不確かですが、時の渦?(時が定まろうとしている?)か、もしかして地龍(臥したる龍)なのではと考えています。いくつかの渦が動き出しています。

 

スポンサーリンク

 

ウシトラ(艮)の裏側/背側」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月25日(水
)

今年2018年に入ってから『ウシトラの裏側』、『艮の背側』について注意を促すお告げが続いています。

・新しい夢見[2/12]『ウシトラの裏側に影が落ちています。白の君にお伺いしなさい。』(波の女神様)

・3/2の夢見『先に伝えた通り、ウシトラの裏側に落ちた影に気を付けなさい。産み出たものが新たなるものを連れてきます。』(波の女神様)

・新しい夢見[4/9夜]『鳥鳴く方より弓矢の音聞こゆ。艮の背側の影の尾も伸びるぞ。』(時白砂様)

この『艮の裏側/背側』とは、どこかの場所を指すように思えます。その意味について2つ考察します。

1.方角「艮」からの考察】「艮」は北東のことなので、『艮の裏側/背側』の意味は北東の反対側=「南西」かもしれません。

おばあちゃんの見た地図の中で、「鹿児島の南、島のあたりに出ていた「~」の記号の数が3つ増えた。」(2/25夜の夢見)とありましたが、方角的にも南西に思えるので関連があるのか気になるところです。

2.漢字「艮」からの考察】1.では、南西、もしかしたら地図の鹿児島の南の島あたりかも?と考察しました。しかし「裏側/背側」という言葉は、一般的に隣接した所に使う表現で、離れた場所には使いません。

例えば「裏庭」と言ったら、家のすぐ後ろ側にある庭のことですよね。

なので、海を隔てた鹿児島の島に「裏側/背側」という表現を使うだろうか?と、違和感も感じます。

もし『』という字そのものが場所を示しているなら、そのすぐ南西側の場所ということかもしれませんが、そもそも『』がどこなのかわかりません。

ところで『』という漢字はもともと象形文字で、人が右を向いている格好だそうです。

なので、『艮の裏側/背側』とは『』の左側ということではないでしょうか?

『艮』という文字がお告げで始めて出てきたのは確か『まちびと』の巻物だったと思います。

まちびと』の巻物の考察では、「根」の漢字を分解して、まちびとが生まれる場所を「木の艮(うしとら)の国」、つまり「木国(紀伊国)の北東方向にある国(=奈良か三重では?)」としました。

それは「根」の漢字が場所をしめす暗号と見立てての考察だったわけですが、「根」の字の中の「艮」と、その後のお告げの『』が、もしも同じ意味合いで使われているとするなら、『艮の裏側/背側』とはすなわち「根」の字の左側にある「木」=「木国(紀伊国)」=和歌山県のことではないかと思いました。

もしそうだとすると、『艮の裏側/背側』に『』が落ちるとは、和歌山県に何かの影が落ちる、ということになります。

3/13の夢見では『マツノツキカゲ』という言葉がありました。

マツノツキカゲ』は、「松の月影(松を照らす月の光)」という意味の他に、並べ替えて「魔の影来つつ(悪鬼が来つつある)」とも読め、一緒に詠まれた『くれない(ゐ)の~』『はるかすみ~』の和歌とも繋がる解釈になってきます。

以上の考察から、和歌山県についてやはり不穏な何かがやって来るのでは?という気がしてしまいます。

 

はるかすみ~」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月18日(水
)

「新しい夢見[2/25~3/13]」(3月18日掲載)の2つの和歌のうち、二つ目のはるかすみ はなのたむけに いりひさし こよい(ひ)のつくよ みなもしずめよについて考察します。

共に詠まれた『くれなゐの~』の和歌と、また「新しい夢見[4/9夜](2018年4月11日掲載)」などと関連しての考察となります。

晴る霞 花の手向けに 入り日差し 今宵の月夜 皆も(/水面)鎮めよ

意味:霞が晴れて、手向け花に夕日の光が差す。今夜の月(よ、)すべてをも、しずめておくれ(/水面を鎮めておくれ)

考察:〈語句の説明〉
晴る:(雲などが)晴れる
手向け花:仏前に供える花、仏花
入り日:夕日、沈みつつある太陽、落日
今宵:今夜
月夜:月
鎮む:(乱れを)おさめる、しずめる、平静にする

「花の手向け→手向け花」は仏花のことです。霞が晴れて仏前(おそらく墓前)に供えた花に夕日の光が差す光景が前半に詠まれています。

夕日を意味する「入り日」は、今まさに隠れつつある太陽の事です。「花の手向け」と絡めて述べられているので、人が隠れた(=亡くなった)ことを重ねて暗示しています。

この句の一つ前に詠まれた和歌『くれなゐの~』では、中国で起きた地震の後に、朝鮮からおそらく日本に向けて「厳つ霊/悪し蜘蛛(=ミサイル?)」が打ち寄せてくる、という内容でした。

その後にこの『はるかすみ~』が続くのですが、内容からやはり人が亡くなるような被害が出てしまうのだと思われます。

句の後半では、沈んだ太陽の代わりに夜空に現れる月に対して「(災難によって乱れた)全てをみな、しずめてくれ」という、懇願とも悲嘆にくれた呟きとも取れる言葉が続きます。

ところで、『みなもしずめよ』は「水面鎮めよ(=荒れている水面をしずめてくれ)」という意味にも読めます。

水面が荒れているのは、乱れた世の中を浄化するために波が新たに寄せて来ようとしているのかもしれません。

しかし浄化といっても、大波がくればさらなる被害も与えることになるので、詠み手はどうかそこまでには至らずに鎮まってほしい、と考えているのでしょう。

これと似たことを「新しい夢見[4/9夜](2018年4月11日掲載)」で時白砂様も仰っています。

水で消えぬ火は大水で消さねばならなくなるぞ。天火でもろとも消さねばならなくなるぞ。うつつ世の和を一時乱し、荒魂で押さえて頂かねばならぬぞ。

火(戦火)で乱れた世の中を浄化するために、止む終えず大水で洗うことになるかもかもしれないぞ、ということですが、しかしそれは『荒魂』による、痛みを伴う収束手段です。

『荒魂』は神様の持つ4つの魂のうちの一つで、荒ぶるエネルギーの魂であり、和魂と対極にある魂です。

乱れた事柄が続くようであれば、最終的には荒魂によって収めるしかなくなる。しかしそれは、困難や災難が伴うこともまた意味しますから、私達にとってもできれば避けたい事です。

ですから荒魂で押さえられる前に、なんとか穏やかに物事が収まればと思うのですが…。

他にも時白砂様が仰ったことは『くれなゐの~』『はるかすみ~』の和歌と関わる内容に思えますが、長くなりますので、また別に考察いたします。

さんへ

秩父にお参りいただいたとのことで、誠にありがとうございます。秩父は地震には強い地域なのですね。

おばあちゃんが地図でご覧になったのが秩父かどうか本当のことはわかりませんが、気になっていたので、お参りの話に安心させられました。ありがとうございます。

仰るように、秩父にはどこか火のイメージがありますね。加えて言うなら、おばあちゃんが夢に出て見た「羊」にも、火のイメージを感じています。

先日の4月16日の新月には目立った地震がなく安心しましたが、もし起こるとしたら先のことかもしれないので、今後も(秩父に限らず)気にかけていこうと思っています。

ミントさん

考察を気に留めていただいて恐縮です。

もちろん正解がわからないことですし、的外れな考察かもしれませんが、何かミントさんのご参考になれば幸いです。

よく思うのは、たくさんの方が各々で考えることが一番大切なのではないかということです。私自身も考察することでだいぶ考えが変わりました。

これからも「和し輪して、話して」いけたらと思います。宜しくお願いいたします。

 

くれない(ゐ)の~」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月13日(金
)

新しい夢見[2/25~3/13]」(3月18日掲載)の和歌のうちの一つ『くれない(ゐ)の あしくもゆきて かぜなぎて からいかつちの おとやうちよす』について考察します。

関連して、以前の『からしのに~』『しろぎぬの~』『ねぎられよ~』『ひがこころなる~』の和歌と、おばあちゃんが3/11に見た夢とも絡めて考察します。

呉なゐの 悪しくも行きて 風凪て 韓厳つ霊(/雷)の 音や打ち寄す

意味:中国の地震は悪いものだったが過ぎ去り、穏やかに静まった。が、朝鮮の「いかつち」の音が勢いよく近づいて来る。

考察:〈語句の意味〉
:中国の古い呼称
なゐ:地震
:穏やかで静かな状態
:吹く「風」の他に、空気感も意味する
:朝鮮、韓国
・厳つ霊(怒つ霊):怒り高ぶるエネルギー、また雷の意

以前『からしのに~』の和歌の『から』が外国を指すかもと考察しましたが、唐と韓のどちらの漢字が当てはまるのか決めかねていました。

しかしその後『しろぎぬの~』の和歌で「くれ(呉=中国)」が出てきたこと、また今回の和歌で「くれ」と「から」は別々のものとして詠まれていたことから、「くれ(呉)」が中国、「から(韓)」が朝鮮と区別ができました。(よって以前の『からしのに~』についても朝鮮を詠んだものと考えられます)

しろぎぬの~』の和歌では、「晩秋~初冬の頃に中国で地震がある」と考察しました。今回の『くれないの~』の和歌は、その後に起こる事を伝えています。

中国の地震は被害が出ることが予想され「悪しき」事柄ですが、それがやっと収束したという時に、こんどは朝鮮から『いかつち』が飛んでくるという内容になっています。一難去ってまた一難。

いかつち』は日本に降りかかる難(悪しき事柄)となりそうです。句の「いかつち=厳つ霊(怒つ霊)」とは荒ぶるエネルギーを意味し、穏やかではない心魂が要因となり問題を起こします。

また「いかつち」は、雷のように轟き近づいてくる「悪しき」ものでもあります。おそらくミサイルではないでしょうか。

とすると、以前の『からしのに~』の歌とも繋がり、「厳つ霊(雷)=ミサイル?」がやって来るのは春先と時期も予想できます。

もう一つ考察します。

の 悪し蜘蛛(/雲)行きて 風薙ぎて 韓凧つ地の 彼方や打ち寄

意味:赤く悪い蜘蛛(雲)がやって来て風を薙ぎ払う。朝鮮は凧揚げの地のある遠くまで、打ち寄せて来る。

考察:〈語句の説明〉
薙ぐ:横に払い切る
凧(いか):凧揚げの凧。「凧(たこ)」は「いか」とも読む
彼方(をと):遠く隔たった向こうの場所。「彼方」は「をち」と読むが、「をと・おと」とも読む。

これまでのおばあちゃんのお話には「蜘蛛」が何度か出て来ていますが、意味としては「良くないもの」「神様の御意志に反するもの、恭順しないもの」だと考えています。

つまり、「和」と真逆の荒ぶるものの象徴であり、禍々しさも感じます。和歌に詠まれた「赤い蜘蛛」は、一つ目の考察の『いかつち』と同義でミサイルと考えられます。

また「雲」と読めることから、赤い煙(炎?)を上げて飛来する様子が想像できます。

その勢いは強力で、風を薙ぎ払い、遠くの「凧の地(=凧揚げの場所)」まで飛んで来るようです。

この「凧の地」は、3/11の夢でおばあちゃんが見た凧揚げの場所ではないでしょうか?
夢では、その後光景が赤黒く暗転したとあるので気掛かりです。

ところで以前考察した
祈ぎられよ 蛟遣わす 蜘蛛の火(雲の火)や 神風吹くや 聞くは法螺の音

意味:祈願せよ そうすれば蛟を蜘蛛の火(雲の火)に遣わし 神風が吹くだろう 法螺の音が聞こえる(※改めて見返すと、「神風吹くや」は「神風は吹くだろうか?」とも読めますね…)と、

僻心なる 舵取りの  舟に乗りたる船人の  盲悲しや  怒り蜘蛛  事無し祈れ  腹からに  神風来たれよ  木国に

意味:ひねくれた考えの舵取りの舟に乗っている船人たちは、周り(状況)が見えておらず不憫だ。まるで荒ぶる蜘蛛のようになってしまっている。何事もなく平穏であるように心の底から祈りなさい。そして神風が木国に来てくれますように。

上記2句に、それぞれ「蜘蛛」と「神風」が詠まれています。

くれないの~』の句では「風薙ぎて」とあることから、普通の風くらいでは「赤い蜘蛛」を止められないことがわかります。

なので祈りの力で「神風」を呼ぶことが食い止めるために必要なのではと思いました。最後に、もう一つ気になる点です。

僻心なる 舵取りの~」の句で は「木国(=紀の国)」つまり和歌山県が詠まれているのですが、「凧つ地」が和歌山県内という可能性はないでしょうか?

皆さんの考察では、凧揚げの場所として滋賀県があがっていたのですが、和歌山県にもそのような場所がないか、念のため探す必要もあるのではと考えます。

 

白い犬と地震の夢の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月11日(水
)

「新しい夢見(4/5(4/4夜))」について考察します。

おばあちゃんの夢見は、
1.『月明かりも無い暗い夜』に、
2.『白い犬』の傍にいて、
3.『玉砂利が敷かれているよう』な『神社か寺社?』にいると、
4.『大きな地鳴りがして、直後に足元が揺れ出す。大きな地震、周りからは建物がきしんだり、木の枝が折れたり、土砂の崩れる音。』がした、
ということでした。

【1.『月明かりも無い暗い夜』】
月明かりがないので新月だと思います。夢で見た新月の日がいつかは不明ですが、次の新月は4月16日(旧暦3月1日)になります。日も近いので、念のために注意が必要ではと思います。

【2.『白い犬』】
夢の場所が神社かもしれないということですが、埼玉県秩父地方には眷属(神様のお使い)として山犬(オオカミ)を祀る神社がいくつもあります(例.宝登山神社、三峯神社など)。ヤマトタケルの伝説に由来するようです。

白い犬が出て来るのは、羊の夢に続き2回目ですね。羊の夢の考察では、羊太夫に絡めて考察したのですが、羊太夫が発見した和銅もまた秩父から産出したものでした。

2つの夢に関連性があるかわかりませんが、「秩父」繋がりで少々気になりました。

【3.『玉砂利が敷かれているよう』な『神社か寺社?』】
2の考察より、埼玉県秩父にある神社ではと思います。

【4.『大きな地鳴りがして…』】
地震のあった後に場面が変わり、波の女神様から『次に私と会うまでは祈りを続けなさい。四方への祈り、山々を超えて貴女の故郷にも届けなさい。』と言われました。

おばあちゃんの故郷である島根県で先日大きな地震がありましたが、波の女神様の『貴女の故郷にも』という言い方から、白い犬と地震にあった場所は島根とはまた異なる場所なのではと考えました。

山々を超えて』とあるので、距離的には島根と離れたところかと思うのですが。それがもし「秩父」だとしたら、関東圏は大きな影響がありそうです。

秩父は山岳信仰の場所でもあるので、「富士の同胞」とも言えます。

富士山に祀られている木花咲耶姫は山の神様の娘ですから、「山」特に「山岳信仰」のある場所に何か動きがあるかもしれません。

 

地図について

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月4日(水
)

白の君(白装束の方)がおばあちゃんに見せた地図について考察します。

鳥居の真上の文字】神様またはその神社を示す
鳥居の横(周辺)の文字】その神社に関わる事柄や特徴を示す
鳥居の横のワ】吾、和、坐、輪、話、磐(吾(われ)和して坐し輪し話す磐)→その神社にある神様の依り代を示す。磐座など
漢数字 六】待ち人に関わる数字
鳥居横のしを】「しお」と「しを」を掛けている。その神社(または神様)の名前と、「枝折(→道しるべの意)」の両方の意味。
瀬ノカミ】神様(または神社)を示し、その神社と関わりのある川(もしくは海)が周辺にあると思われる
古い書物】古事記の原本
丸い玉】波の女神様の依り代
】「済み」を意味する→その四九三(シクミ)が整ったという意味
◯囲み】シクミが開始され、ハタラキが始まっている場所(それがもしも「タメシ」のシクミなら、特に注意を払うべき)

 

「みなかみに~」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月4日(水
)

新しい夢見[1/24夜](2018年1月26日掲載)の中で詠まれた『みなかみに すめらあう(ふ?)ぎて つちにたつ いわ(は?)とひらくは なぎのたましい(ひ?)』について考察します。

「水上に 皇仰ぎて 土に立つ 岩戸開くは 和ぎの魂」

意味:皇が地上に立ち、事の始まりを尊ぶ。(天の)岩戸を開くのは穏やかな魂である(=和魂)。

考察:〈語句の意味〉
・水上:物事の起源
・仰ぐ(あふぐ):尊敬する、請い求める、仰ぎ見る
・和ぐ(なぐ):穏やかに静まる
・和魂(にぎみたま):優しく穏やかな心、魂

神話の「天岩戸」のお話では、スサノオノミコトの荒々しい振る舞いのために、天照大神が岩戸に隠れてしまいます。

このお話を「皇」が地上に立って思い起こし、閉ざされた岩戸を開くのは、穏やかな心持ち(和の心)であるよなぁ、と思いを馳せているようなイメージです。

「皇」とは、「天孫降臨」したニニギノミコトから始まる天津神の御子(=天照大神の子孫)のことで、代々地上の統治者として存在し今に至ります。(つまり「皇」とは天皇、または「まちびと」を指します)

かつて神代の時代にも、高天原(天界)で天岩戸のお話のような大事件があったわけですが、この句が詠まれた地上においても世の中が荒れて、人々が心を閉ざしてしまう(それはまるで天照大神が天岩戸に隠れてしまったように)。

そのことを「皇」は憂いて、人々が心を開くには、柔和な穏やかな心(=和魂、和の心)が大事だよなあ、と思われている、そのような様子を詠んだ句です。

この句が詠まれたのは、白の君が矢を放つ間のことでした。矢については『あまのみや~』の句に触れて以前考察しましたが、矢が放たれた事で、おそらく今後「タメシ」が起きるのだと思います。

つらい「タメシ(試練)」に直面したら、私達の心は荒んでしまうかもしれません。

でも、そうしたつらい時にも心を閉ざすのではなく、和の心を持ち、心を開くことが大事ですよ、という助言がこの句の真意だと思います。

この句の「皇」は、おそらく将来「タメシ」が起きた時点の地上の統治者のことだと考えられるので、今現在の天皇というよりは将来的な方、おそらく「まちびと」ではないかと思います。

 

「7つの太鼓の音」の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月8日(日
)

「7つの太鼓の音(2018年2月7日掲載)」について考察します。これは1月31日の皆既月食の夜の夢見で、7つの太鼓の音と共に光景が変わる内容でした。

ところで、この夢見に先立ち1月2日の夢見では『ななからや~』(男性の声)の句が詠まれ、白の君から地図を見せられていました。

七からや  月隠る日に動きたる 終わり(/尾張)ならずも  乞ひ祈み聞ゆ

意味:七(七つ時?)からだ。月が隠れる日に動く事は終わりではない。神に強く祈る声が聞こえる。と以前考察したのですが、この「七」は時間ではなく、7つの太鼓の光景のことだったのではないか?と考え直しました。

つまり、太鼓の音と共に見えた7つの場所が、満月の日に「動く(何かが始まる)」ことになる。

かつ、これらの場所はあくまで手始めであって、それで終わりになるわけではない、という内容だと思います。(和歌の満月の日とは、太鼓の夢のこともあるのでやはり1月31日だったと思います)

太鼓の7つの場所は、多分地図の中にあるのではないでしょうか?全部ではありませんが、以下にいくつか考察します。

3つ目の太鼓の音
場所は、波の女神様といつも会う海の前の浜と祠。地図にも記載あり。手渡された「黒くて丸い石」は地図にも描かれている玉では?→波の女神様の依り代ではないかと思う。

この先のナミを乗り越えるのはフナ、ノ、チ、ワトワ(舟之智、話と和とイメージされた。こういう解釈「も」あると思った。)。チ、ワとワが私達の船となり、波を乗り越えられる。

お告げで伝えられる和歌が「波(タメシ)」を乗り越える「助け船」となる。それには、舟(和歌)を読み解く智恵が必要ということ。

・「舟之智」→和歌(=舟)を読み解く智恵
・「話と和」→みんなで話し合い、和して協力し考えなさい

「この(フナノチワトワ)年は大きな転換点になるとの事。」今年2018年は、物事をよく考え心や行動を改める年になるのでしょう。今年私達がどう考え行動するかが、将来の方向性に関わりそうです。

お告げの中で波の女神様から伝えられた内容をよく考え、受け止めなければなりませんが、要点の一つは「人の身になって考えなさい」ということだと思います。

例えば、何かの問題が起こったとして、その悪者を見つけて吊るし上げれば問題解決とはならない。どうしてそのような問題が起きるに至ったかという原因を、相手の身になって考えることが大切、という風にお告げを受け取めました。

4つ目の太鼓の音
木製の標識には「2568(漢数字ではない)」、「アタマソエル」と書いてあった。

「2568」という表記から、浅間山では?という皆さんの考察を拝見しました。

もう一つの「アタマソエル(頭添える)」の意味は、「上に増す、頭に付け加える」です。「浅間山」&「頭添える(上に増す)」のキーワードからデイダラボッチの伝説が思いあたりました。

伝説は、デイダラボッチが土盛りをして榛名山ができた。浅間山は富士山よりも低いことに腹を立て、富士山に土を寄越せと言う。

富士山が了解したので、デイダラボッチは富士山の土を浅間山に「アタマソエル(土を上に増す)」ために運んだが、その土の量では足りない!と言って浅間山は怒って噴火してしまう。という内容です。

例えばですが、どこかの展望台にこの伝説を紹介するような木の標識(案内板?)があるのではないでしょうか?

その場合、浅間山に限らず、浅間山が見えるような展望台とか、もしくはデイダラボッチの伝説があるような山の展望台という可能性も出てくるのではと考えました。地図の場所と符合するような、そうした場所があるでしょうか?

6つ目の太鼓の音
外を見ると昔の日本の風景のよう。」「近くの川の先にすごく大きな池か湖があり、水面に白い帯のようなものが表れていて、その帯の上を何かの光が向こうからこちらにものすごい速さでスーッと飛んで来るように見えた。

これは諏訪湖の御神渡りではないでしょうか?おばあちゃんがいた神社は川の近くにあり、また湖が見えたことから、諏訪大社下社(春宮?)か、その近くの浮島神社(社は小さく、祠のようですが)かもしれません。

ずっと以前には、諏訪湖は今より大きかったので、下社(春宮)辺りからも諏訪湖が見えたと思います。

以上から、6つ目の場所は「諏訪(諏訪湖周辺)」と考えます。諏訪は地図にも記載があり、諏訪大社の鳥居?(丸囲み、薄黄色)もありました。

また、周辺には鳥と渦巻きの記載もありました。諏訪は山のハタラキと関わりがあるかもしれません。※一緒に詠まれた和歌『しろぎぬの~』(白の君)については別に考察します。

7つ目の太鼓の音
一番最初の真っ白な景色、岩の上に戻った。お囃子と、『アラマホシ』という男性のささやき声、そして水が甕の中に落ちるようなポチャポチャという音が聞こえてきて、目の前が真っ白になって夢見が終わった。

『アラマホシ』は、「そうであってほしい」とか、「(その場所に)居たい」という意味です。

前に、鹿島神宮のタケミカヅチ神がもう神社には居なくなったのでは?と考察した事があります。

もしかしてこの男性の声がタケミカヅチ神なら、「まだ鹿島神宮に居たいものだが…(居られない)」という呟きかもしれません。

鹿島神宮の要石は地上に出ている部分は小さいですが、丸い形をしていて、地中に埋まっている部分は大きいそうです。おばあちゃんが腰掛けていたのはひょっとしてこの要石ではないでしょうか?

おばあちゃんが岩に座っているとき、体は重く固まっていたが首だけは回して周囲を見る事ができた、とありましたが、それも要石のアタマ(上の部分)だけは地上に出ているけれど、大部分が地中に埋まっているからかな?と思いました。

また、周囲が真っ白だったのは、1月31日の夢見の時点で要石が雪をかぶっていたからかもしれないです。

今年の1月22日には首都圏でもかなりの雪が積もり、溶けるまで長くかかりました。夢見の1月31日の時点でも、日の当たらない所ならまだ雪を被っていたかもしれません。

ポチャポチャという音は、雪解け水が滴る音だと思います。鹿島神宮は地図にも記載が見られ、周囲が薄黄色でした。

もしタケミカヅチ神が鹿島神宮にもう居なくて、そのお力が弱まっているとしたら、要石で抑えているナマズ?が動き出し、地震に繋がるかもしれません。

 

「しろぎぬの」~の考察

投稿者:チョココロネ さん
投稿日:4月8日(日
)

7つの太鼓の音(2018年2月7日掲載)」の6つ目の太鼓の後に詠まれた和歌しろぎぬの かさねかへ(え)そむ ふそう(さう)やま くれない(ゐ)たちて そでのしらゆき』(白の君)について考察します。

「白絹の 襲替へ初む 扶桑山 紅断ちて 袖の白雪」

意味:扶桑山の袖(=山裾)に白い雪が降り積もる。扶桑山は紅い襲(重ねて着る着物)をやめて白絹へ替え始めた。

考察:〈語句の説明〉
・襲(重ね、かさね):重ねて着る着物
・扶桑山:日本の山

平安時代など着物を重ねて着た時代に、下に着る着物(下襲、したごろも)として白い白絹や、赤い紅絹(もみ)を合わせたりしました。

この句では、赤く紅葉した「扶桑山」に雪(初雪)が降り始めた様子を、山が赤い着物から白い着物に替え始めたと擬人化して詠んでいます。季節は晩秋~初冬、冬の到来を感じさせる歌です。

ちなみに「白絹」に対して詠まれた「紅」は赤い着物の「紅絹(もみ)」を意味しますが、「もみ」は紅葉するという意味の「紅葉ず(もみず)」と意味的に掛けています。

このことからも、秋から冬への変わり目を詠んでいる事が伝わります。

この句は、白の君が詠まれたもので、その時おばあちゃんはとある社の中にいて、感じる気温は寒かったそうです。

社の側を流れる川の先に見えた大きな湖は諏訪湖、湖を渡る光はおそらく「御神渡り」と思われます。

もう一つ考察します。

「白衣の 重ね替へ染む 扶桑山 呉なゐ起ちて 袖の白雪」

意味:中国で地震が起きた。扶桑山の袖に白雪が降り、重ねを白い衣に替え染めた。

考察:〈語句の意味〉
・呉:中国のこと
・なゐ:地震

「呉」は中国の古い呼称で、「扶桑」は中国から見た日本の呼称です。「扶桑」は「呉」に対して使われています。

中国で地震が起きて、「扶桑山(=日本の山)」が着物を白衣(しろぎぬ)に替えるとあるのは、喪服を意味すると思います。古い時代、喪服は白色でした。

晩秋~初冬の頃、中国で起きる地震では被害が出てしまい、それを悼んで日本のお山が喪に服し白く染まる、と読めます。

太鼓のお告げでは、白の君は2つ目の太鼓の時にも登場しますが、その時ひとつ、助言をするなれば、うつつ世で起きたる事に目を向け耳を澄ませ、己の身に起きたる事でなくとも、他人事と思わない事、そして考える事です。と仰っていました。

もし隣国で痛ましい災害が起きてしまったとしたら哀悼の意を捧げ、相手の身になって考える(助けの手を差し伸べたり)すべき、という事ではないでしょうか。もちろん災害がない事が一番望ましいですが。

〈おばあちゃんへ〉
赤・黒・金の色のイメージの件、ご回答ありがとうこざいました。漠然とですが、お返事をいただいたように私も思います。

オタマノヤシロから始まり、繋がってくる一連の動きの中に「赤・黒・金」の何か(建物か、容れ物か)が出てくるような、そんな気がしています。

 

スポンサーリンク

-予言・予知・占い