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[お告げ]おばあちゃんの話~海の神様の言葉~(その三)[1月14日更新]

2018/01/14

海の写真

不思議体験記のページにみひろんさんからのご投稿「オタマのヤシロ」を掲載したところ、みなさんからの反響が大きいので専用ページを立ち上げましたっ!

今後、みひろんさんからのご投稿はこのページに掲載して、考察や検証を行っていきます!

・これまでの話はこちら
[お告げ]おばあちゃんの話~海の神様の言葉~(その一)

[お告げ]おばあちゃんの話~海の神様の言葉~(その二)

目次

巻物(古い日本地図)の詳細(1月14日) NEW!

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月14日(日
)

レオさん、先日は宿題になっていた長文投稿、すみませんでした。さて、、、今回もボリューム大です。すみません。2つに分けて投稿させていただきます。

先日お伝えしました、おばあちゃんの1/2の夢見で出てきた白装束の方が見せた巻物=古い(簡略化して書かれたような)日本の地図と、そのときのお言葉についての詳細を投稿させて頂きます。

で、ややこしい話ですが、1/10の夜にも、おばあちゃんは「たぶん同じ地図を見ている自分を、隣に立って見ている」だけの夢見?があったそうで、そこでもその地図をもう一度確認できたそうです。(2度目の夢見の状況描写は、それほど重要な情報がなさそうとのことで、はぶきます。)

ということで、地図については結局2回夢で見たそうです。記載には1度目の夢見で記憶したもの、2度目の夢で記憶したものの区別はしてませんが、だいぶ情報が充実したようです。

あと、さいごに最新考察更新のみなさんへのコメントもふくめました。というわけで遅くなりましたが、投稿させていただきます。

日本地図の巻物(1/2分、プラス、地図の部分のみ再度夢見1/10分)

白装束の方が歌を詠まれた後、その方が胸元から巻物を取り出して、地面に広げると、それは(かなり、畳4帖ぐらいだそうです)大きくなり、白紙から古い日本の地図が浮き出て来た。そして色々なものが書き込まれていた。)

地図が浮き出て来るやいなや、白装束の方の声が頭に響いた。

そこに見えるのは、「これよりしばし先」までに起こる事です。

起こる事と言えども、たましずたちの目に見えて、身体に感じる事ばかりではありません。目に見えずに起こる事もあります。これはこれまで伝えられた歌も同じです。

目に見えずに起こる事は、そのままうつつ世にとりてはナミとなり、しばし後にうつつ世に目に見えて起こる事に繋がるでしょう。

災いが起こるのみを知らせるものではないので、心するように。

謎解きのようにしか伝える事ができないのはもどかしく思う。定まった事は伝えたい所だがまだ殆どが伝える事が許されていません。

それだけではなく、あなた達に考えさせる事に意味が有るのです。

知恵を持ち寄る事でワ(和、輪?)が生まれる。考える事で気がそちらに集まる。その上で明らかになった事、例うなら災いの事であれば、ワルノリさえしなければ、小難無難に変える祈りの力が集まりハタラク。

問いの答えだけを聞けば、あなたたちは恐れるばかりでワルノリに繋がるでしょう。また、浮草の如く考える事はしなくなるでしょう。浮草では祈りの力は生じません。考える事に意味が有るのです。

あなた達のうつつ世は、まだキムカレに繋がっていると伝えられているはず。あなた達が流れに任せて諦めるなら、我々の世界からは助力できません。諦める事無く、己と向き合い切り拓くのです。

私の言う事が腹におさまったら、よく巻物を見るのです。

そういって促されたので、改めて巻物に目を落とした。(おばあちゃんが)一所懸命に記憶しようとしていると、白装束の方の奥からカラスのような黒っぽい鳥がやって来て、地図の上空周りを旋回していた。

すると(おばあちゃんの)頭がカッカと熱くなるような、頭の働くような感覚がしてきた。

<みひろん補足>
(※1 おばあちゃんが見た地図は、白地図で境界線もなく、実際の地図とくらべて少しいびつで詳細な地図ではなかったそうなので、県の記載などは、その後おばあちゃんのメモと記憶をたよりに実際に地図帳と照らし合わせてのおおよその位置からの推測になります。なので、すこしずれているかもしれません。)

(※2 ?マークのあるものは、推定です。全体的に、おばあちゃんの受けた感覚も含まれていますので、そこはご容赦ください。)

(※3 「色」は意味はわかりませんが、そこに浮き出た色をそのまま記載します。書かれたもののハッキリ度合(薄い濃い)は、おばあちゃんとしては「決まっているかどうか」の違いではないかと感じているようです。)

(※4 残念ながら、「記憶のお告げ」ではないので、すごく記憶力の良いおばあちゃんも(2度見たとはいえ)思い出せたのはだいたいのところまでで、さすがに全ては覚えていないそうです。

結局鳥居の絵が一番多かったようですが、印象が強かったものだけ、頭に残って思い出せているそうです。夢見の後からずっと、時間を見つけてはおばあちゃんとおかあさんで地図とにらめっこでおばあちゃん脳トレ状態…途中からわたしも参加しましたが。)

(※5 おばあちゃんが見た地図そのものを絵で再現するのはかなりたいへんそう(作るのもそうですし、写真を撮っても書かれているものが小さくて見えなさそう)なので、文字でかんべんして下さい…。)

(※6 地図上の「絵」はどれも日本画のように墨で書いた感じで、とてもシンプルで、地図記号のようにほぼ統一された感じ(例えば鳥居なら全部同じ絵)だったそうです。)

(※7 おばあちゃんは地図にはどちらかというと「目に見えずに起こるもの」の方が多く書かれているように感じたそうです。(「鳥居」の絵が多かったこともあって。))

 

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1.全国

・全体的に、中部から西日本側に書かれた絵はほとんどがとても薄く(にじむ・ぼやける感じ)、少し読み取り辛く、記憶の質が良くない。

・日本全体に、「石を水面に投げ入れた時に出来るような波紋」が、大きな間隔で南と東からの2重で、ほんとうにうっすらと細い線で掛かっていたように見えた。

・日本海側、佐渡島の右上あたりに、斜めの線がかなり薄く墨で書かれていたように見えた。(上記の模様の見間違いかもしれません。)

・太平洋側の海全体が薄黄色になっていて、薄墨で書かれた「小さな波」や「舟」が見られた。静岡?の下あたりの海にも薄く「山」の絵が描かれていた。絵の周囲には色は無し。

・地図の下、太平洋の海に「黒い舟?」の絵がハッキリと横並びに2つ書いてあった。絵の周囲の色は不明。

・巻物の上部(日本海側)に、何も書かれていない長方形(おばあちゃんは国旗のようなものと感じた)が書かれていた。(ハッキリ書かれ、絵の周囲には色は出ていなかった。)

・「西側から大きな雨雲が雨を降らせながらやってきている」と思われるような「雲」の絵が、薄墨で九州の西の海のあたりに書かれていた。・地図の右下に「タマシイ」「火」「祓」という文字がハッキリ書かれていた。

2.北海道・東北

・<北海道> 陸の南東方向、及び日本海側の海に「鼓」「舟」の絵、その右上に「波」の絵。絵は薄墨で書かれたような感じで、絵の周囲に薄黄色が浮き出ていた。

・<北海道> 札幌から少し西側、「湖?」(洞爺湖?)と、その上にある「山」の絵。ハッキリと書かれていたが、周囲に色は出なかった。

・<青森> 中央部に「湖?」(十和田湖?)と、「鳥居」の絵。ハッキリと書かれていたが、周囲に色は出ず。

・<青森> その鳥居の絵の右上(陸)に、「渦巻き」の絵。薄墨で書かれた感じで、周りに薄赤色が出た。

・<岩手> 陸の南東方向の海に「鼓」「舟」の絵、その右上に「波」の絵。「人の顔(髪型が明確でなく性別不明)」のようなものも見えた。絵は薄墨で書かれたような感じで、周囲に薄黄色が浮き出ていた。

・<宮城・山形> 「鳥居」の絵が3つ。うち宮城側の1つは「鳥居」の右上に「しを」と書かれていた。ハッキリ書かれ、周囲に色は出ず。

・<福島?> 県南部?数個の「鳥居」の絵が密集している。ハッキリ書かれ、周囲に薄紫色が浮き出ていた。

・<福島?> 県東部、沿岸?あたり、ヒビの入った「石碑」のようなものが見えた。ハッキリ書かれ、周囲に色は出ず。

・<県不明> 本州日本海側のどこか(秋田?)に「弓矢」の絵が見えた気がする。薄墨で書かれ、周囲の色は薄黄色。

3.関東・甲信越

・<茨城?>県東部、沿岸、少し大きな鳥居の絵(たぶん鹿島神宮)。薄墨で書かれ、周囲が薄黄色だった。

・<栃木?茨城?>両県の境目のあたり?に、「渦巻き」の絵。薄墨で書かれた感じで、周囲に薄黄色が出た。

・<群馬?>中央部に「山」の絵。「はる」と書かれていた。ハッキリと書かれていた。周囲に色は出ていたが、何色か記憶が曖昧(薄黄色ではないと思う)。

・<東京>「古い書物が焼かれている」絵。ハッキリと書かれ、周りに赤色が浮き出ていた。

・<東京>「城」の絵。東京は他の絵と密集して書かれていたが、目立っていた。おそらく皇居と感じた。丸囲みされていたが、周囲に色は出ていないように見えた。左下?に小さく「ワ」と書かれていた。

・<東京>「古い書物」の周りに何かの「花」、「馬」、「弓矢」の絵。小さいがハッキリと書かれていた。周囲に色は出ていたが、記憶なし(重なって良く判らなかった)。

・<千葉・東京>周りの「海」の部分に薄黄色が出ていた。薄く小さな「波」の絵もあり。外洋南側には小さな「点々」が薄く書かれていて、うち一つは大きく、「島」のように見えた。

・<千葉>海岸沿いに2羽の「鳥」のような絵。小さいがハッキリと書かれていた。周囲が薄黄色だった。

・<山梨(・静岡)>それとわかるハッキリ書かれた「富士山」の絵。右上に「六」と書かれ、色は出ず。周囲には「鳥居」の絵。

・<神奈川>「富士山」の右下に「湖?」と「丸囲みされた山」(たぶん箱根)の絵。薄墨で書かれた感じ、周囲に薄黄色が出ていた。

・<長野(一部岐阜?)>いくつかの「山」、「鳥居」の絵があり、位置的におそらく岐阜寄りの山(たぶん御嶽山?)と、中央部の鳥居(たぶん諏訪大社)が「丸囲み」されていた。

薄墨で書かれた感じ、、周囲に薄黄色が出ていた。中央あたりに薄く「鳥」と「渦巻き」の絵、色は無し。

・<新潟(・山形・秋田)> 日本海に薄赤色が出ていた。「舟」、「鳥」、「(大きな)魚」が比較的ハッキリ書かれていた。

 

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4.東海・中部・北陸

・<静岡>伊豆半島中部に「丸囲みされた山」の絵。薄墨で書かれた感じで、周囲に薄紫色が出ていた。

・<静岡?> 静岡だとしたら西部に真っ直ぐに近い「川」(天竜川っぽい?)の絵、薄墨で書かれた感じで、周囲に薄紫色が出ていた。

・<愛知>名古屋市あたりと県西部沿岸あたりに目立つ「鳥居」の絵(たぶん熱田神宮と津島神社?)。薄墨で書かれた感じで、周囲に薄緑色が出ていた。

・<三重>少し大きめのハッキリした「鳥居」で、その左に小さく「ワ」と書いてあった。周囲は薄紫色。これは位置的に(伊勢)神宮。その周りにも薄く小さな鳥居の絵が書かれていたが、伊勢神宮の右側のいくつかはハッキリ書かれていた。これらも周囲は薄紫色。

・<三重>たぶん、おばあちゃんの家かほこらあたりの位置に、ハッキリと「丸い玉」の絵。周囲に色は無し。

・<石川・富山?>能登半島の付け根下あたりにほぼかたまって「鳥居」の絵が3つ、それぞれ上に「け」、「しら」、「瀬ノカミ」と書かれており、ハッキリと書かれ、後者2つは丸囲みをしてあった。周囲に薄紫色。(おばあちゃんはなにかすこし気になったようです。)いずれも右に小さく「ワ」と書かれていた。

・<富山か新潟>日本海沿岸の陸地に、なぜか絵ではなくて黒字で「山」の文字。

5.関西

・<和歌山&奈良?&三重県境?>紀伊半島の下の方、やや熊野灘(右)寄りに、すこし大きめにハッキリと「鳥居」の絵が3つ。

1つは半島の中央気味に、次に1つ目の左下で最後はそこから右下、沿岸。3つを線で結ぶとしたら「く」の字型になる(「く」の字の両先端と真ん中の折れ部に鳥居の絵があるイメージ)。

3つのうち一番上の絵には右上に「○」が小さく書かれていて、他の2つは同じく右上に小さく「ワ」と書かれていた。周囲の色はおそらく、全て薄紫色だったと記憶。

すべて薄く丸囲みがしてあった。(おばあちゃんは、熊野のお社がふくまれていると感じたそうです。)

・<奈良?>紀伊半島で見て上の方、たぶん奈良県で言うと真ん中あたり?「鳥居」の絵がハッキリと1つ。右上に小さく「ワ」と書かれていた。周囲は薄紫色だったような気がする。

・<滋賀?>琵琶湖の右側に「鳥居」の絵。薄墨書き、周囲は色は無かったような気がする。・<滋賀?>琵琶湖の右側に黒字で「山」の文字が2つ上下に並んでいた。

・<京都・福井>若狭湾に「渦巻き」の絵が1つ。薄墨書き、周囲に色は無し。

・<大阪か兵庫>大阪湾の奥、大阪と兵庫の県境のあたり?にハッキリと「鳥居」の絵。上に「瀬ノカミ」と書かれており、丸囲み。周囲は薄紫色。右に小さく「ワ」の文字。

・<兵庫>淡路島の上に「渦巻き」の絵。ハッキリと書かれ、周囲に色が出ていたが、何色かは記憶が曖昧。

6.中国・四国

・<島根>おそらく出雲大社と思われる位置に「鳥居」の絵。ハッキリ書かれ、周囲は薄紫色。その下と右にもハッキリとした「鳥居」の絵。書かれ方と色は出雲大社と同じ。いずれも右に小さく「ワ」の字。

・<広島>おそらく厳島神社と思われる位置に「鳥居」の絵。薄墨で書かれ、周囲は薄紫色。

・<岡山・鳥取?>「山」の文字と、その下に「渦巻き」の絵。薄墨で書かれ、周囲はたしか色なしと記憶。

・<高知?>四国の真ん中あたりに、「木」の絵。右上に小さく「ワ」と、その上にも「ヤ」の文字。絵はハッキリと書かれていた。周囲にたしか色は無しと記憶。

・四国もおそらく各県にまんべんなく鳥居の絵があったが、書き方が薄く、それよりも木の方がハッキリと書かれていて、印象に残った。

・四国の島の上・下・左(淡路島の「渦巻き」含めると四方向)の海の上に「渦巻き」の絵が薄く書かれていた。周囲が何色かは記憶が曖昧。

7.九州・沖縄

・<福岡>中央あたりに少し大きな「鳥居」の絵。右上に小さく「ワ」の文字。ハッキリ書かれ、周囲に色は出ず。

・<長崎か佐賀?>「渦巻き」の絵が薄墨で書かれていた。周囲に色は出ず。

・<熊本か宮崎か大分?>「山」の字が3つ。九州の真ん中あたりと、3県の境あたり? 上下それぞれにハッキリと「山」の字が書かれていた。下の方は「山」の字が2つ重なっている感じ。

・<宮崎>県の右下、沿岸沿いあたりに「鳥居」の絵。上に小さく「う」の文字。ハッキリ書かれ、周囲は薄黄色。

・<鹿児島>南端の方に「点々」が無造作な感じで書かれていた。(ただし、かろうじて見える薄さ。)

・<沖縄?>鹿児島のすぐ下に島の絵。沖縄か鹿児島の島と思う。赤色の「鳥」の絵と「弓矢」の絵。小さいがハッキリ書かれていた。周囲はおそらく薄黄色と記憶。

地図に書かれている事を覚えようと繰り返し目を通し、驚いていると、少しして白装束の方が「今宵はここまで」と言われた。

するとすぐに巻物は消えて、竹も山桜?の木に変わった。

山の中の筈なのに、大きな波の音が聞こえると、潮の香りがする風が強く吹いて、目の前の景色がただの山道に変わり、夢見が終わった。

みひろんさんからのご投稿は多くの場合、他の方のご投稿よりも文字数が多く長文で、ボクの更新作業自体はそれほど大変なわけではありませんが、2点気になっていることがあります。

読者のみなさんが全て読んで内容を把握することが大変ではないかということ、みひろんさんがパソコンなりスマホなりでこの文字数を打ってご投稿するのも非常に大変ではないかということです。

簡単に言うと、みなさんもみひろんさんも無理をなさらずにということで(笑)

あと、ボクがみなさんからのご投稿をアップするときは、一通り目を通して表現に問題がないかをチェックして、問題があれば修正したりして、段落調整や文字色、サイズなどを編集してアップしています。

そして、多くの場合はボクのコメントも付け加えさせて頂いていますが、みひろんさんのように内容豊富で長文ですと、内容を把握して色々とコメントや考察をしようとすると時間がかかってしまうので、内容に問題がなさそうな場合はできるだけ早く公開するためにコメントなしで更新しています。

 

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おばあちゃんからのコメントと質問の回答(1月14日) NEW!

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月14日(日
)

みなさま、ご考察、ご質問いただき、まことにありがとうございます。更新された内容について、おばあちゃんからのみなさんへのコメントと、質問の回答をさせていただきますね。

匿名希望さんへ(1/3分)

ご質問いただいた点、そのまさかです。羊は、海の向こうからスーッと水上をすべるように飛んできたように見えたそうです。あと、羊の毛の色の変わる前は、本物の羊と同じ容姿だったそうです。

おばあちゃんの夢見は現実的に考えればありえない状況ばかりなのですが、おばあちゃんとしては今回の犬や羊に限らず、鳥居や木、人、神様のお使い、などなどを、「謎解き」や「伝えられる事」のヒントのような感覚、何かの象徴として考え、理屈ではなく素直に受けれるようにしているそうです。

あじさいさんへ(1/4分)

ありがとうございます!サンスクリット語とは新しい視点ですね、たしかにおばあちゃんもまったく知らない言語です。

(そのとき聞こえてきた「わからなかった」部分を、おばあちゃん覚えていないので、そこが残念…。)ゴコウ=43億2000万年…何かのヒントになるかもしれませんね。

みみさんへ(1/7分)

波の女神様(神様のお使いとおっしゃっていましたが)のお姿は、一番最初におばあちゃんの夢見に出て来られてから変わらず、日本の女性の姿で、お顔も声も変わっていないということです。

ちなみに衣装は、(たまに模様や色が変わる事はありますが、)基本的に白地に何かの染模様の入ったような着物で、十二単まではいきませんが何枚か重ねて着られているようです。

ご指摘の夢見に関しては、あくまでおばあちゃんの受けた感覚ですが、女神様が世界的、というわけではなく、あくまでその土地に縁があったり、過去そこで災害か戦争か、何かの理由で亡くなったりした人や動物(家畜?深読みしたら干支?)たちが「祈りの象徴として」現われた(現わされた?)のでは、と受け止めているようです。

外国の方も、たとえば開国以降はたくさん日本に訪れているでしょうし。(変わったデザインのぴったりした服の人については、よくわからないようですが。)

もし「時間も空間もないかのように」という一節でお考えを混乱させていたのなら、すみませんでした(わたしの表現なので…謝ります)。

おばあちゃんの夢見は現実的に考えればありえない状況ばかりなのですが、おばあちゃんとしては今回に限らず、鳥居や木、人、神様のお使い、などなどを、「謎解き」や「伝えられる事」のヒントのような感覚、何かの象徴として考え、理屈ではなく素直に受けれるようにしているそうです。

あと、もしおばあちゃんのような夢見を受けている人が世界のどこかにいるとしたら、そこでの(波の女神様に相当する)神様のお使いの方は、おそらくその土地の方のお姿で現われるんだろうね、とおばあちゃんは言っていました。(投稿済の他のお告げの内容からそう考えるようになったそうです。)

 

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藍結さん(1/8分)

いつもありがとうございます。非常に深い考察ですね!おばあちゃんもわたしも考えが及びません!(そもそも出口なおさんや、王仁三郎さん、大本自体を知らず…。)それぞれの歌は2回読まれたということで、そのうちの1つの読み方なのかもしれませんね!

挙げていただいた書物を読み込んでいないとそこから先が解らない、それに詳しい方が読み解いてくれる、ということを書かれていましたが、おばあちゃんがお告げで受けて単身赴任中さんにまとめをおねがいしていた「あとから来る人のために(まとめる必要あり)」というのにシンクロ(あとから来る人が考察のバトンを受けるという意味で)して、わたし個人的にゾクッときました。(そういえば単身赴任中さん、お元気かなー?お忙しいのかなー??笑)

ご指摘いただいた、「歌の置き換わり」については、残念ながらまだどれがどれに置き換わった(置き換わる)のかを、おばあちゃんも知らされていないそうです。時が来ればお伝えがあるとおばあちゃんは考えているようです。

さいごに、ご考察の途中で「サナル様」のご神名の謎について書いていただきました。その点についても、おばあちゃんからコメントがありました。そのまま転記しますね。

藍結さま、非常に深遠な御考察に感謝申し上げます。仮に「サナル様」が「大いなるお方」だったとして、の話ですが、私の率直な感想で、「大いなるお方」である神様が今現時点で名乗られない・名前を伝えられないのには意味が有ると思います。

もし名前を名乗り、人がその素性を想像し始めると、まだ「我良し」を捨てきれていない方が多い今、神の名を担ぎ、神様の違い(を認識するだけなら問題ないのですが)から優劣を付けて、今色々な神様を信じる人同士の間で、仮に戦争まではいかないにしても排他的な争いが生じる可能性が高いと考えるからです。

実例がございます。私の幼少時、私の親戚方の地域では、「天皇様の祖たる天照大御神を第一とせず、それ以外(素戔嗚命だったと聞いております)の神を祀る事は不敬罪である」として捕えられたご家族がいらっしゃったようです。

それはもちろん勅命でも何でもなく、素戔嗚様を信じるものは天皇を攻撃するという勝手な陰謀論を展開している、狂信的で排他的な憲兵の方達の一存で行われた事のようです。

神様を信じる者同士、そのような「神様の名を語った、我良しむき出しの、不毛な争い」は避けたいものです。

話が折れましたが、そうなると、果ては既存の宗教や、神の名を悪用し人々の欲望と思惑で行われた戦争の再現、そして以前の「記憶のお告げ」(巻物「花開く世界」)で告げられた、「大いなるお方」が嘆かれていた事態に繋がってしまうのではないかというのを危惧致します。

やがて、人の改心(我良し無くし皆良し)が進み、時が来れば名乗られるのではないかと考えております。

ただ藍結さまが究明されようとしているように、お名前が判れば、歌の内容が読み解ける、ということもございますので、その兼ね合いが非常に悩ましい所ではありますので、お悩みされていらっしゃる事、非常に良く解ります。これからも宜しくお願い致します。

 

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歴男さん(1/8分)

ご考察いただきありがとうございます!おばあちゃんの感覚ですが、ご指摘いただいたように、1つの読み方として、「ななからや」は「七から八」と取るのは正しいのではないか、と考えているようです。

何の「7」「8」なのかはわかりませんが、もうひとつ、これまでもそうですが、おばあちゃんに歌やお告げが授けられる状況も、ヒントになっているようです。

(おばあちゃんの夢見の中では、おばあちゃんは、そういったものもよく記憶しておかなくてはいけない、といつも本能的に感じているからだそうです。)

そのため、可能な限り状況描写もみなさまにお伝えしています。

今回は、タケノコ、竹が出てきていますが、そのあたりも何か意味が有るようにおばあちゃんは感じているみたいですよ。って、まるでおばあちゃんが答えを知っているような書きかたになっていましましたが、実際は謎解きに関しては何もわかっていません。

こちらも考える事はしていますが、ただ、みなさまのお力にすがるのみです。すみませんが、ひきつづき、よろしくお願いいたします。

おばあちゃんのひとりごと(その後)

別の話ですみません、手前味噌かもしれませんが、最近、やたら米軍機の不時着や事故のニュースが多いですよね…。

以前(去年の10月)、おばあちゃんの感じ取ったイメージで、飛行機の上にたくさんの鳥が乗っている(飛行機は飛びづらそう)のが頭に浮かぶ、というのをご紹介しましたが、それの事だったのかな?と、昨日おかあさん達が話していました。

以前波の女神様や、白装束の方もおっしゃっていた、「隠されていたこと(問題)が明らかになる」ということもつながっているのかもしれません…。

今回の投稿は以上です。

 

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[1月14日の更新はここまで ですっ!]


 

「記憶のお告げ」の完全版(1月12日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月10日(水
)

昨年、ダイジェスト版を投稿させていただきました、10月19日深夜から20日明け方にかけておばあちゃんが受けた「記憶のお告げ」の完全版がまとまりましたので、投稿します。

おばあちゃんからは、「前回は一部かなり省略したので、お時間があって、よろしければ、改めてお目通し下さい」、とお伝えするように言われています。

頭痛のあとの夢見ですが、「巻物」が「開いて」、そこから頭に「刻み付け」「読み上げ」がおこり、(おばあちゃんは)部屋で目を覚ましてから速記メモをした、というものです。

一部は、お告げで聞いた口調そのままで書くようにおばあちゃんに言われましたので、そうしています。

文中の( )内で書かれたところは、おばあちゃんが直感でそう受け取ったものなどを追記しています。漢字、ひらがな、カタカナ、の使い分けはすべておばあちゃんの頭に「刻み付け」られたそのままの使い分けで書きました。

10/19~20分の「記憶のお告げ」

舞台はいつもの浜の前で、波の女神様が、那佳智加楽月珠(なかちからのつきたま)様を連れてきたところからはじまったそうです。

お二人が「知らせます。開きなさい。」と言うたびに、今回は「題名の付いた」巻物が一つづつ開いていったそうです。

最初に、時白砂(ときしらす)様の名前が呼ばれて、「かけはしごよみ」という名が書かれた巻物が開いたそうです。そして目の前の景色が頭の中に入ってこなくなったそうです。

1)「かけはしごよみ」(時白砂様)

時白砂様の声で)
波の声届きたり、かけはしの暦、時知らすぞ。ナミノヒビキ、シラナミ様のおぼしめし。大いなるお方より知らされし時、知らすぞ。

今年も月の暦では八月なれど、コノ先の八月、全てのものが揺れ動くぞ。変わるぞ。コノ先とは、1つ先とは限らぬ。

八月は文字通り取るなよ。イチの重なる年にもチとウミの入り混じりありたこと覚えておろうが。

二の重なる年は悲喜入り混じり。サンの重なる年も悲喜入り混じりなり。節目なり。

ニ、サン、についても良く考えられよ。

天の節目は必ずキチンとした年になるものなり。天と和すれば天の時が正しき時となる。天の時はキチンとした数がその時なり。良く考えられよ。

大切なしるし。気付けば驚く事あるものなり。

無から有、はじまりは黎、黎は霊、霊の七三(ナミ、波)から生まれるイチとイチ、イチイチ合わさりて二と二、すなわちフ(二)ジ(二)、又と無き無二の「不二」、消える事無き「不死」、大いなる方と人の子の結びは「父子」、お山は「富士」、草木は「藤(フジ)」。「藤」は「トウ」で「十」。

始まりの数字から終わりの数字にアイ成れり。十は波(七三)が合わさる姿。七と三を合わせて十。タテの糸(一十)とヨコの糸(一十)を合わせて十。

「大元の」終わりの数。大元定まりて花開く御代となる。ハジマリもナミから生まれたが、すなわちハジマリにも十があったということ。

ハジマリはオワリから、オワリからはハジマリへ。

天には現世(うつつよ)に言う始まりと終わりはない。時の流れが現世とは違うためなり。流れ流れてフジ花開く。桜もお山に花開く。

この国はフジにご縁のあるお土地、ハヤク気付けよ。極みのしるし、二二(フジ)、二二三(フジサン)から。動かすは波から。波の女神様によくお礼申せよ。

巻物が閉じ、目の前の景色が認識できるようになった。那佳智加楽月珠様から小さな桃のような実を渡され、「口になさい」と言われたので、食べた。

甘い香りとは裏腹に、口に入れると甘くなく、少し苦みを感じた。飲み込むと頭が冴えるのを感じ、目の前の景色が光り出して見え始めた。

次の「巻物」が「開いて」、そこから頭に「刻み付け」「読み上げ」がおこった。

 

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2)「めやすぼし」(那佳智加楽月珠様)

(那佳智加楽月珠様の声で)
この先のあなた達の世界の行方は、まだ定まっていません。あなた達が望めば、あなた達は相変わらず自身が創り出した物に囲まれているかも知れません。あなた達が望めば、あなた達は異なる世界に在るかもしれません。

あなた達が望めば、あなた達は自身が創り出した物と天から与えられる世界が和合した、今のあなた達では考えが至らない世界に在るかもしれません。ただ、あなた達の内なる心の、珠(魂?)の在り様は、間違いなく変わっていくでしょうし、変わらねばなりません。

あなた達の進む道は3つ。

1つはあなた達が「皆良し」の心で自らの力で全てのつながりを和を基に変えていく世界。

2つ目はあなた達が「皆良し」の心を持つが、その先に天の世界とも和す事を受け入れていく、すなわち「花開く世界」。

3つめはあなた達がこのまま変わらず、流れるがままに堕ちていく、「キムカレ(喜無枯れ?)」の世界です。

あなた達の真に恐れるべきは、地の震え・大地を洗う波・神居山の焔ではない。天から来たる者でもない。ただ、あなた達が作り出してきた未完(不完全)なものにあなた達が飲み込まれる事です。

あなた達の我良しの心は、皆良しにならなければどうなるのか、突き詰めて考える事が出来ない不完全なものの象徴です。霊主体従、と伝えましょう。順序は本当に大切なものです。

体を主とし心に注意を払わない、逆の事をするから不完全になるのです。理を無にする、力で押さえつける事は結果的にその力を自らで受ける事になります。殊更に言わなくても判るでしょうが、敢えて伝えましょう。

金(カネ)だ位(くらい)だと、我良しの世界に絡め取られ、本来の意味が薄まってしまった、宗教。
自由と悪平等を捉え違いし、目の前を見ず、うつつの流れに追いつかず、全きものとなりえない、あなた達の法。

我良しにまみれて、山谷(富の不均衡?)を作り、「あまねく地の表全てに恵みを降らす雨の如く」にはあらず、仕組と言うにもあまりにあまねく世を流れない、泡沫のごとき富の仕組(経済?)。多

くの船頭不勉強にて、舵取り違えて、民に与えると言ってやがて民を見ず、民から奪う事多くなりし、まつりごと。あなた達はうつつの世にて生かされている意味をあまりに判っていない。

心魂磨くが第一、知や富を蓄えるのみに非ず。幸いを受け、幸いを与え、喜びの中に生きるべし。我が子に対し、知のみに心を砕き、心魂の芽吹きに水遣りて育てる事ができない、片輪の車を押し進むが如き、親と寺子(学舎、学校、教育と感じた)。

あなた達の知恵は、肝心を欠いて、使われるべきところに使われていないのです。医は仁術と悟る者有りしが、あなた達の医、探理(科学の事と感じた)はおよそ心を失いかけている。

あなた達は自らの創り出した先の世がどうなるかも十分見極めれないまま創り出す。我良しで創り出した物は我良しのタマシイそのもの、我良しは必ずあなた達を飲み込むでしょう。

注意しなさい。皆良しの創造や良し、無償の奉仕、尚良し。あなた達の魂の中には、我良しを良しとしない種が埋められているはず。あなた達の中にある繋がる所の先に、大いなる方の思し召しがある事に早く気づきなさい。

心魂と向き合い、我良しの行く末に気づきなさい。うつつに目を背けることをやめ、全てに向き合い考えなさい。行き過ぎた「我良し」を無くせば、多くの事で、上手く行く道が見つかるでしょう。

大いなるお方の思し召しを感じ取るにあたり、「我良し」が入ると、自分が神に選ばれた者、神の意思を伝える者であるという過信、大きな過ちを犯します。心魂に向き合うにあたり、よくよく気を付けるのですよ。

神の使いと、使いから言葉を受ける者は別物です。神の使いは人には非ず。神の使いは誰の目からも神の使いと映るものです。シルシがあるからです。

自分や眷属にしか神の使いと認められぬ者よ、汝は我良しに魅入られた小さき罪人です。早く目を覚ましなさい。我良しを生きる力としてはなりません。他者の縁、結びを感じ、皆良しを生きる力とするのです。

皆の為に生きなさい。そこに喜びを感じなさい。大いなる力の御前にある者よ、常に謙虚でありなさい。自己を犠牲とする事にも気を付けなさい。犠牲と思いて犠牲になるは下策、犠牲と思わずにするは真の皆良しに通ずる上策です。

迷える心に伝えます。自分たちは選ばれた者だと主張する教え、これこそが神の言葉と主張する書き物、いずれにも「我良し」が潜んでいます。

大いなる力の伝えるところには「我良し」はありません。魂を磨けば、惑わされず、わかるはずです。大いなる力の思し召しによる「お役目」は、素直で謙虚で我良し無く、皆良しの為に喜んでハタラク心を持ち、知恵のある者が選ばれます。

「お役目」を果たす者はその事を他の者に誇らず、奢りません。利を求めず、名を上げる欲も持ちません。「お役目」を助ける者も「お役目」です。「お役目」の者といえど、次なる御代にて姿をとどめる事が出来るとは限りません。

「変わる事が出来る者」にならねば次なる御代にはお役目の座はないのです。それでも役目を果たそうとする者が「お役目」を務めるのです。狐憑きには気を付けなさい。

ただ、大いなる力の思し召しとは別のところで、狐憑きなどではなく、この先に起こる事を知る事が出来る者はいます。この者たちは大いなる力の「お役目」とは異なります。

「お役目」を間違えないようにしなさい。「我(が)」を握りしめるのはやめなさい。握った手を開いて「我」を捨てれば、新たなものを手に握る事が出来ます。これらに気付き、心魂を磨き上げた者には「めやすぼし」が空に光るのが見えるようになるでしょう。

「めやすぼし」が見えぬうちは、「キムカレの世界」が、その力を持つ者によって広く幻視されるようになるでしょう。なぜならあなた達の居る所は、まだキムカレの世界への道しか開かれていないから。花開く世界へ続く戸を開けなさい。

めやすぼしが多くの者の目の前に現われん事を願います。ヤタ ミツクリノ ヒ。

続いて直ぐに次の巻物が現われた。

 

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3)「花開く世界」(那佳智加楽月珠様)

(那佳智加楽月珠様の声で)
玉手箱が開いた時にたましずが見た世界は、「花開く世界」の一つです。このことをまだ理解出来る者はいないでしょうが、来たる大なる峠の前、この先、一部を解き明かす者があらわれるでしょう。そのためにも伝えておきます。

今のうつつ世では、学のある者達が、うつつ世の外がどのようなものかについて、様々な思案をしていますね。答えはそれらのうちのどれか一つではなく、全てを含めるものの、その先にあります、とだけ伝え置きましょう。

花開く世界は、あなた方の世でいう表や裏、順や逆、有や無、陰と陽、対なるものが全て一つになっている世界です。

時の流れ、天地や東西や北南の考え方もうつつ世とは異なり、あなた達のような、物に縛られた世界ではないので、たましずがいつどこにいても、私の思うままに会いに行く事が出来ます。

生き通し生きる事も、その逆もできます。ただ、ツカイの者は大いなる方の思し召しにのみ従うもの、やがて生まれ、いずれ消える定めです。生き通し生きるお方の御姿を、たましずは見ることができるかもしれませんね。

あなた達のうつつ世に繋がるものは数、花開く世界は数で表される世界です。あらゆるものの種(タネ)の根源は数の力であり、種の数によって「イロ(色)」や「カタチ(形)」の現れ方、「ハタラキ(働き)」が変わってくるのです。

物事は全て、数の魂の宿る「小さな種(物質と感じた)」と、それらを結びつける「力」で成り立っています。

たましずの体で例えるならば、種は肉体すなわち身(ミ)と、力は霊魂すなわち気(キ)です。全てが一つと伝えましたが、「ハタラキをするため(…何か行動する、作用するの意味に思えました)」には順序はあります。

霊主体従です。モノゴトの正しい順を忘れないように。大君(オオキミ)も、キミです。気(キ)、身(ミ)です。けっして身気(ミキ)ではありません。あなた達は、生を受けてからはあなた達の心魂は脳や肉体の影響を受けますが、それは生まれてより後の話。

モノゴトのハジマリを忘れてはいけません。最初は心魂、それから肉。あくまで霊が主で、肉体(=種)と霊(=力)は別物です。ハタラキをする、しない、それぞれで形も変わります。

ハタラキの意味を理解するには、文字、特にあなた達が普段使っている文字(…漢字や、かなの意味と思われます)の成り立ちや組合せを考えれば見えてくるでしょう。

古くからある文字には大いなるお方の意思が宿っているものもあるのです。あなた達にとって、物の成り立ちの根源は数、ハタラキの現われ方は文字で示されるのです。

内なる霊の力、想いで、うつつ世はいかようにも変わります。(…「祈りの力」「引き寄せ」の事と思われます。)世だけではなく、霊と肉体が調和すると、人は心だけでなく、身体も病知らずに、不完全な状態から脱却できるのです。

口にする物にも気を付け、肉体を正しく養う事も肝要なのです。身体に取り込む生命、食物に感謝を欠かさないように。全ての命は、空と大地が無くては生きていけません。天地から見れば人獣関係なく、全てが等しく守られている命です。

人が一番ではありません。人も天地の掌の上。大いなる力にすがって生きる一つの命です。謙虚であれ。地の震えも、山が火を噴くも、潮の満ち引きも、全ては天地の命の営みであり、しるしです。

天地の命の営み無くば、あなた達は生きられません。恐れる事無く、恨む事なく、人は知恵を使ってこれらと共存しなさい。過度な恐れは想いを強くし災いを引き寄せるばかりです。永い時を経て、自然は和しました。

食う食われるだけでなく、互いを利用して生きるなど、今うつつの世の仕組みの中で、人の他の生ける物達は上手く調和して生きています。これから先も、天地が変化しても、その中で時間を掛けて調和し、生きていくでしょう。

人が自然の和の営みの仕組みをよく理解せずに手を加える事で仕組みは崩れ、人を含む命全ての自然との調和が、仕組みが崩れる速さに置き去りにされて、しっぺ返しを食らうでしょう。人の知恵はいまや不完全ですが高く育くまれている。このままが一番危ういのです。

天の大いなる力にすがるか、自らをより高める事で、本物の知恵にするしかないでしょう。そのためには、どちらを選ぶにせよ、人が「和」を意識し「我良し」を無くす事が一番の近道なのです。

命の繋がりを理解すれば、我良しがいかに愚かか、異なるものや他人を排除する心を持つ事がいかに愚かな事かが理解できるはずです。「人も動物なので、強い者が弱い者を喰らい生き残る」などという考えは、我良しの極み。自然の和も理解していない愚者の言葉です。

人と獣は同じではありません。人は知恵による和を自ら現わすため、高い知恵を授けられています。浅知恵から生ずる我良しを戒め、共に栄え共に生きる道を見出すための知恵を与えられています。

与えられた知恵を腐らせることなく使い、高めなさい。腐らせれば、我良ししか出て来ないでしょう。命の繋がりを理解すれば、誰もが己の心の中、霊の中心に、天なる力に通ずる種が入っているのに気付く事が出来るはずです。

行き過ぎた「我良し」を無くし、お互いがお互いを尊ぶことが出来れば、人は変わります。これは例えではなく、大いなる力を受ける事で本当に「人」という命の在り方を変える事が出来るのです。

命とはハタラキ(動き、成長と感じた。)、ミコト(神がハタラキをする御姿と感じた)。ハタラキに正しき魂が宿って、ミコトはマコトとなり、マコトのミコトとなるのです。

うつつ世をその始めから見守られている大いなるお方は唯一です。大いなるお方の思し召しは一つですが、うつつ世で教えとしてあなた達に伝えられるものは異なります。何故異なるか判りますか。あなた達は生きる場所、身体、心魂に違いがあります。

違いを省みずに伝えても、伝わりません。あなた達の違いそれぞれに合わせて伝えるべきものを伝えらているのです。伝える役目を与えられた者達も異なります。あなた達の心魂に繋がる道を皆が見失わないよう、教えを伝えています。そ

れを理解せず、教えを理由に敵対し合う事の何と愚かなことか。大いなるお方は和を望んでおられます。敵対は対なるものです。違いを受け入れない心魂、自分が選ばれた者と考える心魂、即ち我良しがそうさせているのです。

違いはあってあたりまえ、「花開く世界」にも対なるもの(違い)が混在しているが、それぞれを否定しないので調和していられます。違いがあるからハタラキの力が生まれます。違いを否定しないように。

今伝えた事が全て腹に入ったならば、玉手箱の最後の箱を開ける事を許しましょう。中には希望の理が入っています。たましずが垣間見えた光は希望の光、花開く世界の光です。あなた達の心魂を、大いなるお方へ繋げなさい。橋掛け、道を作りなさい。

(最後に次の言葉があった。)

我良し無くすには思い遣りの心、優しき心が肝要です。真の優しき心は弱さではない。優しき事を誇りにして優しさの心種を大切に育て、寛容でありなさい。弱さは優しさではない。寛容は強さです。弱さは強くなる為の気付きの第一歩と考えなさい。

まず己を知り、他者を知りなさい。己以外に痛みを与える(己の)行為は、全て我良しと思い、(己の)行為を行う前にそれが我良しから来るものか否か、まず心で悟りなさい。自分の命の(命を保つ)ために我良しを出さねばならぬ時もあるでしょう。

その時は和しなさい。和に倣って「考え」、「話(わ)し」、「和す」のです。霊主体従、まずは魂、霊、心で悟りなさい。我良しを無くしその突き詰めた所にある真の寛容さを理解し身につけるよう力を尽くしなさい。喜怒哀楽は人の宝、特に喜。よろこびを感じて生きなさい。

ハナヒラク、カナメ ヨミワタシノ フ。

続いて、新たな巻物が現われ開きかけたところで、波の女神様からお言葉があった。

『たましず、次から現われる三つの巻物は、シルシの表れとなり鍵となります。』『あなたには目にする事を許しますが、まだ皆に伝えてはなりません。』『この先、タメシの時の後に出て来る「惑わす者」にこの言葉を悪用されないよう、「シルシ」を付けるために、悪しきハタラキを悟らせないようにするためです。』

『先に伝えたオタマのヤシロが崩れてしまうその時までは伏せるように。』『あなた達の祈りの力でオタマのヤシロが崩れなければ、巻物の事は忘れなさい。』『この三巻の書物を「オタマの封」とし、三巻で一つの教えとします。』

 

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4)「宝」(波の女神様)

(伏せ)…以前別の投稿でお伝えしましたが、国内以外と思われる事も書かれていたそうです。

5)「シクミ(四九三)」(波の女神様)

(伏せ)

6)「しらしきお土(おつち)」(波の女神様)

最後にもう一度波の女神様から『たましず、よいですか、くれぐれもオタマの封は時が来る前に伝える事のないように。』

(この3つの巻物の最後にも、カタカナで表現された暗号のような言葉がそれぞれあったが、これも合わせて伏せさせて頂きます。)

波の女神様から『これで7つ、最後の巻物の封を開けます』とお言葉があった。

7)「まちびと」(智能泉種様)

(男性の声が聞こえてきた。)
『タマシズメ、私は智能泉種(ずのせんじゅ)と申す。かつて那佳智加楽月珠の同胞であった。これより、汝らの内(心の中という意味に思えた)なる待ち人について語ります。』

『汝らのまちびと、やがて来たる。ネの国より生じ、北よりメグリ終えて、オワリの地に来たる。現世の艮の方向より御魂現る。生を得て二つの都を往かれ、やがて縁あるオワリの地に辿り着く。多くのハタラキにより育ち、やがてその時を迎えん。人なりし神、神なりし人なり。悪狐と悪狼の多き世の事、詳しくは伝えられねど、シルシ無き者達は皆偽りなり。只人にあらず。間違う事なかれ。タナベ イナビカリノ ナナ。』

巻物が閉じると、海の女神様が微笑んで言われた。

『たましず、ご苦労でした。あなたに伝えた事が、この先、より多くの者の元へ届く事を願っていますよ。』『短い時ですが、良く休むのですよ。』そう言われると、良い香りのする泡が沢山、空の方から風に流されてきて、目を閉じると夢見が終わった。

 

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追加のご投稿(1月12日) NEW!

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月10日(水
)

おばあちゃんからの依頼で、こちらを先に投稿してほしいとの事でしたので、先日の地図の件は、明日投稿させていただきます。

いつもの霧の鳥居の前におばあちゃんが立っていた。おばあちゃんの家の庭にある梅の木がなぜか鳥居の前にあって、つぼみを付けていた。波の女神様が鳥居の向こうから現われ、次のようにおっしゃった。

「たましず、あなたのお役目を助けている者達に伝えなさい。」「これまでたましずに伝えた事は、殆どがこれから起こる事になります。」「それまでに、和して知恵を絞り、伝えた事の意味の理解に務めなさい。」「いくつかは意味を見出す事が出来ているようです。」

「あなた達はそれをただ見届けねばならぬ事、祈りの力でハタラキを変える事が出来る事、時が来れば知る事が出来るでしょう。ただ、時が来る前に意味を見出し祈る事が出来ねばハタラキを変える事が叶わぬものもあります。気を付けなさい。」

「これからも大いなるお方の思し召しに従い、助けの舟たる歌をたましずに贈るようにしましょう。」(ふいにおばあちゃんの頭に、眼鏡の女性、髪の長い女性、ご年配の方、スーツ姿の男性など、色々な人の顔が思い浮かんだそうです。)

すると女神様に代わって時白砂様が目の前に立っており、再び「時は急けり」とだけ伝えられ、霧で姿が見えなくなった。足元、地面の下を、何か蛇のような長い黒い影のようなものが、凄い速さで走り抜けているように感じた。

梅のつぼみが開いて花が咲き、そして潮風に花びらが散らされて花吹雪になったところで、足元に和紙に書かれた何かが一緒に飛んできた。そこには「大寒ノチ、春タツ前」と書いてあった。そこで夢見が終わった。(以上になります。)

 

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2日の夜にまた夢見があった(1月7日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月6日(土
)

おばあちゃん、2日の夜にまた夢見があったみたいです。そのうちの一つを、先に投稿してほしいとおばあちゃんに言われましたので、投稿させていただきます。

今回投稿していない内容は、こちらで日本地図を確認してからでないと、お伝えできないので...。今わたしがまた色々あっていそがしく、すこし投稿遅れてしまいましたが...。すみません。内容は次のようなものです。

おばあちゃんはどこかの神社にお参りに行く途中で、山の中をわたしと歩いていると、一面にドクダミの白い花が咲いている場所に出たそうです。

するとあたたかい風が吹いて、以前夢見にあらわれた、白い装束で細身の、端正な顔立ちの男性の方が目の前に立っていたそうです。

以下、おばあちゃんのメモです。

その方が何かをつぶやいて微笑み、足元の地面に手を付けて、「来なさい」と言うと、そこからタケノコが生えてきた。その方がタケノコに息を吹きかけると、タケノコは伸びて小ぶりで節の大きな竹になった。

その方がもう一度息を吹きかけると、竹の真ん中の少し下辺りの一節だけが赤っぽく光った。そして、竹の上、空のほうから別の男性の声で2度、歌が聞こえてきた。

ななからや つきかくるひに うごきたる おわりならずも こい(ひ?)のみきこゆ

次にその方が胸元から巻物を取り出して、地面に広げると、それは大きくなり、白紙から古い日本の地図が浮き出て来た。

地図の何ヶ所には、山の絵、直線状の川?の絵、海には波の絵、船の絵、などが書いてあり、そのうちのいくつかに色が浮き出て来た。

(みひろん補足:これが具体的にどのあたりかは、あらためておばあちゃんと地図で調べて投稿させていただきます。すこしお時間ください。)

驚いていると、少ししてその方が「今宵はここまで」と言われた。するとすぐに巻物は消えて、竹も山桜?の木に変わった。

山の中の筈なのに、大きな波の音が聞こえると、潮の香りがする風が強く吹いて、目の前の景色がただの山道に変わり、夢見が終わった。

今回の投稿は以上です。

今回の夢見はすごく不思議な感じがしますネ!

竹が光っていたというのは、なんとなく「竹取物語」を思い浮かべます。かぐや姫が竹から生まれたときに光っていたという描写がありました。

場所は後日判明しそうですが、一体その場所で何が起こるのでしょうか!?

それともその場所に何かあるのか!?

前回のご投稿で、「何か大きな変化が起こる1年」とのことだったので、その事と関係があるのでしょうか!?気になります。

続報をお待ちしていますっ!

 

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おばあちゃんから新年のご挨拶&封切りになった夢見の内容(1月3日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:1月2日(火
)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします。

以下、おばあちゃんからみなさんへのコメントです。

皆様、明けましておめでとう御座います。昨年は大変お世話になりました。本年もご助力の程、宜しくお願い申し上げます。

昨年後半は、特に神在祭を経て年末に至るまで、お告げにありました通り、私達の国として、少なくとも表面では大禍災難が起こることなく過ぎました。私は一重に神様の御守の力、そしてそれを導いた皆様の祈りの力の賜物と思っております。

言わずもがなですが今年もそのような一年で、皆様に御多幸の訪れる1年であれば、と願っております。

元日、私には海の向こうから、お囃子の音色と共に、日の光とは別の強い光が差してくる、そしてどこの言葉なのかよく判らない会話が聞こえる、ただそれだけの夢見がございました。

ただ、会話で1ヶ所だけ、「テンノゴコウ(天の五光?)」という言葉だけを聞き取る事が出来ました。

これが吉兆なのか、それとも他の何かの前兆なのか、何を意味するのかは解りませんでした。ただ、何か大きな変化が起こる1年であるような心持ちがしております。

今年も良きお導きとご縁のあらん事を祈念するものです。

さて、先日お伝えしました、おばあちゃんの夢見です。

12/16の明け方に見たそうですが、波の女神様のお言葉に従い、「次の月の満ちたる日」である、1/2に明らかにするものです。以下が、夢見の内容になります。

夜明け前の薄明るい浜辺におばあちゃんが立っていて、空に流れ星が流れるのが見えたそうです。

すると、ほこらのある方角から波の女神様が時白砂様を連れてやってきたそうです。

そして女神様は、「今から目にするものをよく覚えておきなさい」とおばあちゃんに伝えたそうです。以下、おばあちゃんのメモです。

女神様が微笑んで何かを呟くと、一番鳥が鳴いた。すると時白砂様が手を大きく一度叩いた。

その音に合わせて、時白砂様の背後から、1匹の白い毛の犬がやってきた。犬は首に鮮やかな黄色の何かを巻いていた。

犬が海に向かって吠えると、祠のある丘の周りの草が突然全て枯れ始め、そして海の向こうから羊が3匹やってきた。

犬が祠の方に走っていくと、羊もその後について1匹づつ、祠の方に走って行った。

最初の1匹は鐘と小さな秤のようなものを首から吊るしていて、毛が真っ白に変わり、橙色の目になって、小走りで走って行った。

次の羊は最初の羊が去った後、毛が青く変わり、鮮やかな黄色い目になって、身震いしながら走り去ったが、走った跡に黒い煙のような靄(もや)が出ていた。

靄は広がって行きしばらく視界を塞いで、その中を何か動物のようなものが後について走り去っているような気配を感じた。

そしてその間、靄の中では何かが光ったり、水が流れたり、「ドンドン」という音がしたりしていた。

身体が動かせなかったが、背後では何かが空に昇って行き、何かが空から落ちてくる気配(音と風圧のようなもの)を感じた。

最後に走り出した残りの1頭は、毛が黄色く変わり、薄黄色の目になって、軽やかに走り出すと毛の質感が全く変わり彫刻のようになって光り始め、後光のようなものが差していた。

犬と1頭目の羊、2頭目の羊が走った足跡は、大きな満ち引きの潮で消されたが、最後の羊が走った後は、最後まで全く波が寄せて来なかった。

3匹の羊が全て走り去ると、東の方の水平線から太陽が昇ってきた。すると全ての方向から、人々の「ワー」っという歓声、すすり泣くような声が聞こえてきた。(わたし、みひろん)の呼ぶ声が直ぐ後ろからしたので振り返ろうとすると、体が宙に浮き、夢見が終わった。

内容は以上です。

みなさま、本年もよろしくおねがいいたします。

おばあちゃんみひろんさん、あけましておめでとうございますっ!

おばあちゃんによると「何か大きな変化が起こる1年」とのことで、大きな変化というのが良い方向への変化であることを切に願います。

そして、新たなキーワード「テンノゴコウ(天の五光?)」とは一体何なのか!?

はてなが付いているので他の漢字に変換してみると「転の五項」「天の後光」こんな風にもできるのではないでしょうか?何を示しているのか分かりませんが……

1月2日に公開OKとなったおばあちゃんの夢見も難解です。

鳥・犬・羊といった動物は何かの象徴だと思うのですが、干支でしょうか?昨年が鳥、今年が犬です。

丘の周りの草が突然全て枯れ始め~」とありますが、今年の干支である戌年の「戌」には「滅(めつ)」という意味があり、草木が枯れる様を表してるとされているので、内容的に同じことを示しているように思えます。

靄(もや)の中で何かが光った」「ドンドンという音」というのは、雷をイメージします。単純すぎるような感じがしますが……

やはり、謎解きはみなさんの考察力にお任せしたほうが良さそうですっ(笑)!みなさんはこの封が解かれた夢見をどのように考察しますでしょうか!?

昨年同様、沢山の考察をお待ちしておりますっ!

 

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新しい夢見&補足&みなさんへのコメント(12月23日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:12月21日(木
)

新しい夢見(12/20夜)

また昨日(12/20)の夜におばあちゃんに新しい夢見がありましたので、投稿させていただきます。

場面は、前回17日の夜の夢見の場所と同じ浜辺で、水平線から日の出を迎えていたのですが、祈る人々はいなくなっていたようです。

しばらく一人で浜辺を歩いていると、海の向こうから舟に乗ってスーッと、今までお見かけしたことのない、神様?か、神様のお使いの方がおばあちゃんのところにこられたそうです。

ふだん神様のお使いの方が使われる、「たましず」という呼びかけがあったので、そう感じたそうです。

その方は若めの男性、細身の端正な顔立ちの方で、白い装束を身にまとって、にこやかにしていたそうですが、名前は名乗られなかったそうです。

そして、次の言葉がおばあちゃんの頭にひびいてきたそうです。

たましず、ご苦労です。そなたの勤めはいつか花開くでしょう。

この先、次の年より、これまでそなたに伝えられたことは一つづつ時を迎え、明らかになっていくでしょう。

次に来たるは新たな波、全ての事柄において、隠されていたものが明らかになり起こる、という事に気付く年となるでしょう。

そして今度は頭の中ではなく耳から、その方の歌われた短歌が聞こえたそうです。

ひきしおの なみがあらう(ふ?)は かりそめの うきよかくさん つきみつるとき」(2回聞こえた)

たまお(を?)つる つゆとしずくは しらねども ひじりさきわう(ふ?) みよあらまほしけれ」(3回聞こえた)

その方が歌をよみ終えると、足元の砂地から縦縞の入った黒い竜があらわれて、その方はそれに乗るように立ち、左手には弓、背中に弓の入った筒、そして着物の胸元の着合わせ部分には紫の巻物があらわれた、そうです。

そして太陽が一段と明るくなってまわりが真っ白になり、おばあちゃんの夢見が終わったそうです。

 

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12/16の夢見の補足(12月23日)

動物も夢に出て来ていたということでしたが、ほんとうに動物たちが祈っているかどうかまではわからず、まるで祈っているかのような格好をしていた、というのが正しい表現だそうです。

ただ、何かの縁のある、たとえば何かで犠牲になった命たちが、祈っていたようにおばあちゃんは感じたようです。

日のムスビのお役目の話で、少なくとも年が明けるまで?は災いは起こらないような話を女神様から伝えられましたが、あくまで「悪宣り」しないようにという一言は付け加えられており、祈りを欠かさなくても大丈夫、という意味ではないので、きっと女神様はそのことをいましめる様に、そしてこの先のことを考えても、まだまだ祈りがたりないですよ、ということをお伝えになられたのではないか、というのがおばあちゃんの印象だったようです。

問題は、いろいろな方向に祈るように言われていること。

これから先、いろいろな災いの芽が芽生えてきていることの裏返しなんだろうね、とおばあちゃんは言っていました。(くしくも、この夢見の数日後に、レオさんが掲載された地震本部の発表がありましたしね…。)

 

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みなさんへのコメント(12月23日)

おばあちゃんより、みなさまへ。
「いつもみなさまのお役目、お勤め頂きありがとうございます。」とのことです。

モモンガさん(12/11分)

ありがとうございます。おばあちゃんも同じ思いで、多くの方の心のあり方の変化と祈りの力で、災いをおさえることが出来る、と考えています。

なお、ご指摘のお役目が終わったというのは、おばあちゃんのお役目のことではなく、神様方のムスビのお役目が終わった(たぶん、神在祭のこと)という意味のようです。)

HALさん(12/13分)

ありがとうございます。おっしゃること、ごもっともですね。

良い方向に進んでいきますよう…。(12/5投稿でHALさんがゾワッとなったこと、なんだろう、気になります…(笑)。)

まみさん(12/13分)

ご質問のありました「大いなるお方」の性別ですが…残念ながら不明です。

というのも、おばあちゃんは直接「大いなるお方」からお告げを受けた事がなく(少なくともあるとは認識しておらず)、お使いの方からの言葉を受けていると感じているようです。

これまで、「つき(次)なる方」「和なる方」のお言葉はいただいていますが、これがイコール「大いなるお方」なのかは不明のようです。ちなみにこのお二方の声は、男性の声だったそうです。

kiriさん(12/13、/17分)

ありがとうございます。

二見輿玉神社、実は早い段階ではおばあちゃんはちょっと違うイメージを受けていたそうなんですが、たしかにその後のお告げで、目印としてのオタマのヤシロは実は複数だったり、他にもつながりそうな色々なお告げや短歌が出てきているので、ご指摘のとおりなのかもしれませんね…。要注視、でしょうか。

カムイさん(12/15分)

ありがとうございます、絵巻物に書かれた4つの太陽ですね。

おばあちゃんが見た絵には、太陽らしい丸いものが4つ空にあったそうですが、はっきりと色がついていないものだったそうです。

ちなみにご投稿いただいた画像の現象って、なんていうんでしょうか?これまでに実際に起きているんでしょうか?

歴男さん(12/15分)

ありがとうございます。はい、ご指摘いただいたような起こって嫌なものではなく、本当に宝のことを予言?した歌ならいいんですけどね…。

ひふみんさん(12/16分)

いつもありがとうございます。

オタマのヤシロ、近くの「避難所」の目印としては全国各地、そしてご指摘の「異変」の目印としては複数あるというのが、先日ご投稿させていただきましたようにおばあちゃんの最近のイメージなのですが、そういう意味で言えば、挙げていただいた中のどれかが該当している可能性って、ありますよね…。

で、今年(新暦か旧暦かはさておき、)も多くの祈りで災いが小さくなることを祈るばかりですね。

アメジストさん(12/17分)

ありがとうございます。

キリスト教との類似点、参考になりました!ご指摘のように、一番上位の同じ神様から来ているお告げだとしたら、たしかに「他宗教、異文化のフィルターが掛かったものであっても、類似性があるのは当たり前」なのかもしれません。

逆にいえば、他の宗教の経典?とかも参考にしたら、おばあちゃんの受けたお告げも何か見えてくるのかもしれませんね!(これまで、「日月神示」(は宗教なのかどうかはわかりませんが)との類似性も言われてますし…。)

 

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おばあちゃんの新しい夢見(12月19日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:12月19日(火
)

みなさまからの考察投稿への回答は、また明日おばあちゃんに話してから投稿させていただきます。

全文掲載の宿題がまだですが、おばあちゃんの夢見がまたあり、そちらから先にお知らせしてほしいと話がありましたので、投稿させていただきます。

12/16夜の夢見

波の女神様から、次の満月の日まで明らかにするのは待つよう言われたそうですので、詳細はその時の投稿になりますが、犬と羊が出てくる、何か謎解きのような夢見だったそうです。

わたしもまだメモをおばあちゃんからもらっていないので中身はなにもわからないのですが、次の満月、来月初旬に投稿させていただく事になります。

12/17夜の夢見

おばあちゃん、気がつくと、知らない浜辺に立っていて、目の前の水平線から朝日がのぼってきているシーンから夢見がはじまったそうです。(太陽の位置と周りの景色から、日本のどこか、東側の海だと思う、だそうです。)

大きな波の音が聞こえると、波の女神様が太陽の光の中からあらわれて、「なみのこえ おつちのこえに わしまして ねぎりとどけよ いのちのひかり」「今昔の縁の者達よ、和して祈りなさい」という声が頭の中で聞こえたそうです。

すると、浜辺だけでなく、海の上、後ろの山や建物の上に、たくさんの人や、犬や馬などの動物があらわれ、人は手を合わせ、動物は地にからだを投げ出すように座りこみ、皆でいっせいに祈りはじめたそうです。

かしこみかしこみ和して申し上げたてまつります。今しばらくは静まらんことを、導かれんことを。ただ、おぼしめしのままに。」というような内容で、色々な人の声が頭の中でひびき、思わずおばあちゃんもお祈りをしたそうです。

おばあちゃんが驚いたのは、そこにいた人々は、老若男女、外国の方、さらに、服装や髪型から、おそらく大昔の人、戦時中の軍服を着た人や、変わったデザインのぴったりした服を着た人など、まさに時間も空間もないかのように、色々な人たちだったことだそうです。

祈りの中で、おばあちゃんは、この祈りは災いを抑えているんだ、と感じたようです。そして、他の方たちの、穏やかだけどつらそうな表情を見て、たぶんもっと多くの人の祈りが必要なんだと思ったそうです。

しばらくの祈りのあと、今度は男の人の声が頭の中でひびき、「次はキタに祈れよ、その次はミナミとニシ、またミナミとヒムカシ。ソラとナミにも欠かすなよ。」と聞こえ、そこで夢見が終わったそうです。

目がさめると、おばあちゃん、涙が出ていたそうです。

おばあちゃんが見た夢は一体何なのでしょうか……、動物も祈っているというのはまさに夢の中だとは思いますが、事態が切迫しているということでしょうか?

そして、次の満月に解禁されるという夢見の内容も気になります。次の満月は来年1月2日となっています。

 

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おばあちゃんからのご回答&コメント(12月15日)

チョココロネさん

いつもお世話にになっております。とりいそぎ、ご質問いただきました点について、おばあちゃんに確認できましたので、ご回答させていただきますね。

1) 御神楽を見た社殿の場所

たしかに、月の見えた外側の景色は、高い所だったみたいです。というのも、いま思い出せば、木々の先端の影が、床側=下の方に見えたようです。

ご指摘のように、出雲神社の社殿だったのかもしれませんね。ご指摘いただくまでおばあちゃんもあまりそこは気に留めていなかったようです。気付かせていただいてありがとうございました、とのことです。

2) オタマのヤシロの件

こちらの発生時期に関しての具体的なお告げ(この件も含めて先延ばしなのかどうか)は、残念ながらなく、おばあちゃん自身もいまだに感じ取れていないようです。

ただひとつだけ、これはおばあちゃんの「感覚」なので、責任をもって言えることではないようなのですが、これまでお告げや短歌などを受けて来て、今頭にうかぶのは、「オタマのヤシロ」は実は全国に複数あり、そのなかのどれか一つ(か2つ?)が崩れたら、「波が襲うから、船に乗らないように、隣の繋がりがあるサナル?の神様のいるところは大丈夫です」、とつながるのではないのか…との事です。

3) 記憶のお告げ全文の件

今、おばあちゃんにチェックをしてもらっています。もう少し補足や訂正が入る予定ですが、そろそろ投稿させていただけるのではないかとおもいます。

 

さん(12/6分)、モモンガさん(12/8分)

ありがとうございます。中国の「天宮1号」、たしかに「あまのみや」ですね、「文字通り」なので、心配です。。。

レオさんがコメントで書かれていたように、もし落下しても、途中で燃えつきてしまってほしいですね。

「つちのふるえん」が「土の震えん」だとしたら、ほんとうにそうならないように祈るばかりですね。。。

 

むぎチョコさん(12/6分)

ご考察ありがとうございます。「犬啼く庭に…」と「蛇の住処の中に…」は、完全に謎解きのような感じで、難解ですよね…。ご指摘のような方角で見るというのは、レオさんのコメントのように、いい視点なのかもしれません…。北の国の件、何も起きないといいです…。

おばあちゃんのお告げの中では、年内には災いは起こらない、的なニュアンスだったようなので、このまま無事に年を越したいものですね。

 

kiriさん(12/8分)

いつもありがとうございます。今回もリサーチいただきありがとうございました。「神魂神社」、存在を知りませんでした…。短歌やお告げ、たしかに怖い内容が多いですよね…。投稿者として、なんとももどかしい思いです…。すみません。

 

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凡人さん(12/9分)

いつも投稿をお読みいただき、またお気遣いいただき、ありがとうございます!おばあちゃんへのご質問、さっそくおばあちゃんに確認させていただきました。

まず、文章がかなり長くなってしまうこと、おわびします!おばあちゃんが、きちんとお答えしたいって…。

先に、わたしが真っ先に思うのは、「非凡」な人って、実はそんなにいないんじゃないかなー、「凡人」の方が多くて、普通の人生を送っている人の方が多いんじゃないかなー、だから悩む必要も無いんじゃないかなーって、今は、ですが、単純に思います(笑)。

で、レオさんのおっしゃった通りで、周りを見れずに、とか、周りと比べたり周りを見るのが嫌になって、とかの理由で、自分の事ばかりに集中してしまうと、凡人さんのおっしゃったように、悩んでしまいますよね。わたしもそういう経験があったので、とてもよくわかりますよ。

周りを見て、周りが気になってきて、自分の立ち位置を考えちゃって、「それでついつい高い所を見すぎちゃって」、それと比べて自分の無力さに気づいて…。

それまで、なんとなく自分はスゴイんだ!っていう根拠のない自信があった分、落差でよけいヘコんじゃったんですが…。

わたしの場合は、友達の存在が、わたしを助けてくれたかな?わたしを認めてくれる人たちがいるなら、今のままの自分で良いんだーって。

おばあちゃんも、そこはそうだよね、と同感してくれていました…。(ので、載せました(笑)。)

で、わたしのはいいとして、おばあちゃんの思うところ、をお伝えさせていただきますね。

以下が、おばあちゃんからです。(一部、おばあちゃんの言いたい事を文書化するためにおかあさんもコラボしてます。)

 

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ご質問ありがとうございます。深遠なご問題に私ごときの意見を求めて頂き、恐縮です。

せめては、私のこれまで歩んできた人生、そして私の母や、これまでのお告げで気付かされた事から、私なりに整理したものをお伝えしようと思います。

老婆の独り言と思い、お目通し頂ければと存じます。力不足で上手く纏める事が正直難しく、娘の助力も受けましたが、見づらい・判りづらい文章となっております事、先にお詫び申し上げておきます。

意味が伝わらないようでしたら、ご指摘や再度ご質問頂ければと存じます。

また、文中にある「あなた」というのは凡人さんの事ではなく、広く他の方々を指しているとお考え下さい。

さて、「凡人」の役割、存在意義とは…というご質問ですね。それにお答えするために、「人は皆それぞれ「役割」を持って生まれてきている」という真意についてご説明させて下さい。

普通と特別、平凡と非凡

一般的にはこの「役割」を、何か特別なもの、非凡な力をもって行うものと考えがちですよね。しかし、私はこの「役割」は特別や非凡なものの事を指すのではないと考えます。

後程お話ししますが、「普通や平凡」に、自分が当たり前に思っている事、当たり前で行っている事も、大事な「役割」だと思うのです。

そもそも「特別」かどうかは人の価値基準、尺度次第であり、また比較であり、考えてもきりがないし、意味がないと思うのです。

例えば歌の得意ではない人が歌の上手な方に対し、「あの人は特別な能力を持っている」と思っても、その歌の得意な方は更に歌の得意な方に対し「私はあの人には及ばない」と思い、その更に歌の上手な方は「私なんて、まだまだ極める事が出来ていない」と思っているかもしれない。

のように、力の比較に目を向け出したら、絶対的な尺度や頂点など無く、きりが無いと思いませんか?

ただ、自分が持たないものを持つ他者に憧れたり、もしくは発明などの例で、不可能を可能にしよう、と考えて、高みを目指して「努力していく」事は素晴らしい事ですし、人間、大なり小なり向上心を持つ事は必要だと思います。

(なお、ここで申し上げる向上心は「目標を持って、そこに至るように自分自身と戦う、今の自分を超える」という、他者は関係なく自分主体での自己改善という意味です。)

以前、「能力」についてのお告げの内容や考え方を、孫娘の投稿を介してお伝えさせて頂いております。

能力は個性であり、違いは有って当たり前。その上で、向上心を持ち努力しているあなた、もしくは努力する気が起きなくてそのままでいるあなた、そのどちらも全てが「あなた」なのです。

のあなたをあなたが受入れる事(諦めという負の感情ではなく、今出来ている事を「ここまで出来るんだ」と思う発想の転換)が出来れば、そして他者の優れている所を素直に認め受け入れる事が出来れば(人間全体で見れば、それはプラスのことなので、同じ人間のあなたにとっても嬉しいはず)、違いに悩む事はなくなる、ということですよね。

大切なのは、一人一人が出来る範囲で最善を尽くして行く事。そして自分を認め、他者を認め、違いを当たり前のものとして認める事、更に肝心なことは、違いに優劣を付けない事です。

自分の中で違いに優劣を付けると、妬みや自己否定的な悩みが生まれてしまいますよね。

ちなみにここで申し上げている「違い」は、能力や性格、身体的条件、そして仕事、といったあらゆる事を含めて申しております。

一人一人の違いが、人間や社会としての過不足を補って、それが社会を動かしている、皆が生きる事が出来ているのですから。(違いを認め上手く活用し、話し合いで問題を解決して、誰もが幸せに生きていきたいですよね。)

ここまでの纏めとしましては、能力に平凡も特別も本当は存在せず、違いに優劣は無い。(従って凡人さんは決して「凡人」さんではない。)

何かに優れるが何かが出来ない人、何でも平均的にできる人(これが「平凡」なのかもしれません)、そして稀に万能の人、色々な人がいると思います。

人それぞれ「持って生まれたもの」があり、それをありのまま、只真っ直ぐ素直に、他と比べる(目指すと比べるは違う)事無く、育て伸ばして行き、そして他者は関係なく、とにかく皆が今の自分にできる最善の事を、無理のない範囲でして行けば良い、ただそれだけだと思うのです。

 

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役割とは

次に「役割」とは何でしょう。私は、ある事についての行動や思考の結果をもって、他に影響を与える事と考えています。人の生まれ持った「役割」とは何でしょう。

私は、人がこの世で生を受けて背負った「役割」には2種類あると思っています。

1つは、誰もが考える、その人の能力を活用して世に何らかの功績を残す「役割」。平たく言えば、お仕事になるのでしょうか。

もう1つは、誰もが「役割」とは考えていない、「当たり前の役割」。先に解りやすい前者から行きますと、読んで字の如くで、大小高低問わず、能力を使った役割になります。

会社員だろうが自営業だろうが公務員だろうが、政治家だろうがお医者様だろうが、先生だろうが農家の方だろうが、とにかく色々な職種や能力の皆さんがお仕事をされて、何かを生み出す事も役割。

一方で、世界で一番早く走る事が出来る選手、唯一無二の高い能力を持った方の走りもお仕事であり、役割と言えます。

前者は何かを決めたり、直したり、育てたり、形作ったりする。後者は子供達など、他の誰かの目標を作り出す。共に他に影響を与えるものだと思います。

例えば私の亡夫は漁業をしておりましたが、船や漁具が無くては漁が出来ません。これらを作って下さる方のお陰で漁業を営む事が出来ましたし、行政や組合の決めた、魚の取りすぎを防ぐための決まり事のお陰で、毎年続けて漁をする事が出来ました。

取れた魚を買って頂く方がいらっしゃるので、生計を立てる事が出来ました。他にも、農家や酪農家の方がお米などを作って下さるので、食べていく事ができております。

様々な会社にお勤めの方があらゆる生活必需品を作って頂いているので、便利に暮らせています。

電気、ガス、水道やゴミの収集を、業者の方に対応して頂いているので、快適に生活を送れております。お医者様がいらっしゃったので、私は恐らく一命を取り留めました。

そして、パソコンやインターネットを発明して頂いたので、そしてレオさんがこうした掲示を作って頂いたので、私の考えやお告げを皆様に伝える事が出来ています。

全て、自分のできない事を誰か出来る人に、支えて、与えて頂いたので、私は生きて来られたのです。

その「違いをお互いに補い合う」事によって、皆が生きていられると思うのです。

他人(中には道を踏み外してしまう方もいらっしゃいますが)への感謝は尽きる事がありません。そして、私にとりましては、何より神様への感謝が尽きる事はありません。

漁業の面で海の恵みへの感謝は言うまでもなく、子宝に恵まれた事への感謝、日々のお見守りへの感謝、いま平穏無事に生きている事への感謝、そしてお告げを頂いている事への感謝…。

亡夫は漁が「役割」ならば、私の「役割」は「神様への感謝と祈り」と思い、これまで過ごして参りました。今はこれに、「お告げを正しく受け、皆様にお伝えする」事も私の「役割」、「お役目」と考えております。

これが私が皆様に対してできる、「与える」事なのでしょうか。少し話が脱線してしまいました。

次に、後者の「当たり前の役割」です。

これは個人の能力関係なく、誰もが自然に持つ役割です。これも2つに分けられると思います。

まず、自分の中だけで完結する「役割」です。それは、この世に生を受けた以上、望む望まないに関わらず様々な人生経験を通じて自分自身の内面を磨く、ひいては魂を鍛錬して行く事。

そしてもう1つは、他者との「縁」で生まれる役割です。人は生きていれば自然と、何か意図的にしなくても、良い悪い問わず、誰かに何らかの影響は与えます。

「自然と与える影響」について考えられたことはございますでしょうか?

例えば、親子の縁。あなたが生まれた時点で、親とあなたはお互いに愛情を自然に与えあいます。

親はあなたに対し、守り教え育てるという行為を通じて、力を与えます。

あなたは親に対し、育てる責任感を与えます。これはあなたが親になっても続いていく、親子の縁であり、影響であり、「役割」です。

能力を使って、意図的に発生させるものではありません。

同じように見ていくと、「縁」の有る所、様々な形で「役割」が生まれている事にお気づきになるでしょう。

兄弟、友人、近隣縁者、知己、師弟、同僚、恋人、夫婦、家族…。そして、「縁」は人だけではありません。自然、環境の全てとあなたとは「縁」があるのです。

海、山、大地、空、陽、月…それらが生み出す水、空気、食物、適切な気温…。全てに「縁」があるからこそ、私達は生きて行く事が出来ており、自然は命を育む「役割」を持っているのです。

私達にはこれらの自然の仕組みを壊すことなく、感謝していく「役割」があるのではないでしょうか。(加えるなら私にとっては、神様とのご縁もあり、「影響」「役割」を受けているようです。)

私達は生きている以上、「縁」を持たない事はありません。そしてもしあなたが死んでしまっても、残された人にとって、あなたとの思い出は心の中で生きており、「縁」は消えないのです。

(そしてお告げを受けた私個人の考えで申せば、前世から縁と共に魂は消えずに繋がっていくのではないかと考えております。)

ここまでの纏めとしましては、「役割」とはある事についての行動や思考の結果をもって、他に影響を与える事であり、能力によるものと、ただ生きていくだけで役割を果たすことになる「当たり前の役割」の2種類がある、という事です。

特に後者まで含めての、「人は皆それぞれ「役割」を持って生まれてきている」、そして「縁」を持って生きている、という事だと思うのです。

ひいては、ここに気づく事が出来れば、おのずと謙虚な心になり、感謝の気持ちが生まれ、他者への理解と思い遣り、つまり(「話ワして」からの)「和」が生まれるのではないか、そしてこの考えを多くの人々が持つ事で、お告げで伝えられている「大峠」が「大峠」でなくなり、越す事ができるのではないかと、考えております。

 

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結論

結論としまして、「役割」を考えた場合、凡人も非凡な人も等しく、生きて行く事で自然と、その人の「縁や力」に見合った「役割」をして行く事になる、という事であり、そもそも「凡人の役割」や「凡人の存在の意味」など考える必要は無い、と考えます。

そして敢えて踏み込んで申し上げれば、ご自身の事を凡人だなどと申さずに、「自分なりに自分の出来る範囲の事をやっている人間なんだ」と胸を張ってよろしいかと存じます。

そしてさらに胸を張れるよう、心を更に磨かれていくのもよろしいかと存じます。胸が「晴れ」ますよ。

補足;良い役割と悪い役割

補足になりますが、ご興味があればお目通し下さい。

「役割」を行動と置き換えると、良い影響を周りに与える役割と、悪い影響を与える役割があります。

周囲には良い影響を常々与えていきたいものですが、人である以上、常々そうもいかない事もあるかと存じます。また、良かれと思い行った事が、実は悪かった、という事もあるかと存じます。

悪い影響を与える事柄のうち、我良しの心が滲み出た行為で、利己排他の意図のあるもの、意図的に相手を傷つける行為は当然排すべきですが、一方で、悪い影響を与える事柄には、被害者や当事者でない者にとって「自分はそうはなるまい、そうはすまい」と自分を戒める意味、また、なぜ悪いのか、なぜそうなるのかについて考え気付かせる「役割」があると考えます。

つまり、悪い事柄ですら、世の中の全ての事柄には意味が有ると考えます。

戦争は最たる例なのではないでしょうか。戦争自体、敗者はいうまでもなく、勝者にとっても悪い影響を与える、悪影響の塊ともいうべきものです。

唯一、意味が有ると思われるのは、それが教訓となる事です。私自身、幼心に戦争の悲惨さを記憶してきた経験があります。

失ったものも多く、言ってしまえば、国はさておき、個人的には被害者です。しかし過ぎた事はもはやどうしようもなく、悔めども相手を恨まず、ただ今は過去の戦争の過ちを教訓とし、この世界のどこであれ、無意味な戦争が起きて同じ思いをする人が増えないよう、願い祈るのみです。

今、日本の近隣でも危険な動きがありますよね。お告げでありましたように、「話して和せよ」を実践し、回避して頂きたいものです。

武力などで無理に「悪を討ち、平和を作る」とどうなるか。討たれた方にとって、相手が悪となり、争いの連鎖が止まらなくなってしまう事が容易に想像されるからです。

「我良し無くし、話し和す」には、和す迄の間、「忍耐」も必要なのかもしれませんが。

…との事でした。身内がいうのもなんですが、勉強になりました。

とてもためになる良いお話だと思います。おばあちゃんに『ありがとうございます』とお伝えくださいっ!

 

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新しい夢見とみなさんへのコメント(12月6日)

投稿者:みひろん さん
投稿日:12月5日(火
)

新しい夢見のお告げ(12/2、12/4)

12/2(金)の夜 那佳智加楽月珠様がいつもの霧の鳥居の前にあらわれ、おばあちゃんにつぎのように伝えたそうです。

・「ムスビのお役目が続いています。次の月の満ちたる日に、ムスビゴトが伝えられるでしょう。

・「大いなるお方によるシクミは、潮の流れの如く幾重にも、様々な場所から起こり、やがて一つに結びつきます。

・「時白砂様が時は急けりと伝えた事、私が伝えた事、それぞれが異なるシクミから来ています。

・「それらはやがてあなたたちの目の前に明らかになっていくでしょう。

・「それまでの間、これまで我ら使いの者が伝えた事を、よく考えておきなさい。大いなる愛を持たない、別の者に惑わされる事が無いよう。

・そして短歌が2回詠まれた。
からしのに めぶくちはやの とりのおや せけるしおばら いぬのとおぼえ

 

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12/4(月)の夜 おばあちゃんは見た事の無い木造の建物の広間(社殿の中?)にいて、背後は外とつながっていて、夜、とてもきれいな満月が広間を照らしていたそうです。

目の前では神楽の舞が行われていて、お面を被った舞い手、面を付けずに白く化粧をした舞い手が手に弓などを持って舞っていたようです。

歌と、笛や太鼓の音を聞きながら、おばあちゃんはしばらくそれを見ていると、からだがフワフワしてきて、ボーっとしはじめたそうです。

すると舞台?のほうから「たましず」とおばあちゃんを呼ぶ声がして、ハッとしてよく見ると、波の音とともに、波の女神様がいつもより着飾って目の前に立っていたそうです。そして、次のように言われたそうです。

・「ムスビのお役目は終わりました。大いなるお方から、お知らせを頂きました。口にするは私の言葉ですが、大いなるお方のお言葉と思い、聞きなさい。

わが愛は尽きる事無く、わが子ら全てに向けられている。

・「汝らの手で起こす災い、天地の息吹たる災いと、わがタメシは別の物。タメシにも大いなるタメシがある。

・「地が震えた、災い起きたとて、我が汝らを見捨てたとゆめゆめ思うことなかれ。知恵もて過ごせ。

・「タメシはしかるべき時、しかるべき者に知らせるであろう。

・「宮をタテカエえるに、全てをサラのチにしてタテカエルは易けれど、わが子らの為、それはするまい。

・「そのためにも、わが子らには更に多くの、ワレヨシを無くした清き心でのイノリを求めるものなり。

・「イノリの芽生えが増えたのは喜ばしき事なれど、まだまだ足りぬ。」・「マコトのイノリは、タメシではない災いを抑える力となる。

・「愛しきわが子ら、同胞ワせよ。

そして、いつのまにか女神様の両横に控えていた時白砂様、那佳智加楽月珠様が、次のように言われたそうです。

・「師走より静かに来たると伝えたものののうち1つは少し先送りです。」「ただ、時は急けり。

・「気を付けよ、としたものはこれからも気を付けなさい。

・「鳥から犬に至るまでは(つまり、今年中は?)このままいけば大過なく過ぎよう。そのためにもアクノリ(悪祈り?)せぬよう。

・「犬来てから、少しづつ、それは始まっていく。」「そこから先は、あなたたちの祈りの力次第でしょう。

・「生の短い汝らにとっては少し先の大峠。しかしそこに至るまでにタメシは起こる。

・「新しき世を望む汝らにとっては避けられぬミチ。タメシが来てから祈るのでは何とも遅い、もう既にタメシのシクミははじまってしまうだろう。

・「今すぐにでも和なる心で祈りの輪(和)を広げ、あなたたちすべての祈りの力を集め高めなさい。その力がみずからを救うでしょう。

そして笛の音に乗って短歌が聞こえてきた。最初は、力強い男性の声で1回、「ひもろぎの いわにひびくは かみのこえ いずれきこゆは とうげのしらせ

次に、女性の綺麗な声で1回、「わしてこそ ねぎるちからの みなぎらん さきのむすびや あなめでたけれ

最後に、波の女神様が3回、「なみひきて たけづつひかる つきのよに ゆきてうみやま すめらみちびく

短歌が終わると、背後(たぶん月明かり)がものすごく明るくなり、目の前がまぶしくなったので目を閉じたら、おばあちゃん、夢から覚めたそうです。

 

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前回の夢見(11/26夜の那佳智加楽月珠様のお言葉)の補足

レオさんに、透明な玉と模様についてのご質問コメントをいただいていましたが、その補足回答です。

透明な玉は、両方ともおばあちゃんの片手の手のひらにちょうどおさまるサイズだったとのことだったので、直径10㎝ぐらいの大きさでしょうか。

水の玉は冷たく、火の玉は暖かかったそうです。

模様(影)は、ハッキリとは見えなかったようですが、両方ともヘビのような波うった模様で、一部たまたま影が重なった部分は、その模様がぜんぜん別の何かに変わろうとしていたようです。

 

未公開の「記憶のお告げ」に関連して(はからずも、予告です)

レオさん、[UMA]の南極特集、個人的にはとてもワクワクしながら拝見させて頂きました!あと、おばあちゃんにとっても、タイムリーな話題のようなので…。

実は今現在、波の女神様から公表を伏せられている、「宝の巻物の記憶のお告げ」の中に、南極の事をあらわすような一節があったようなのです。

(というところまでなら、みなさんにお伝えしていいと、おばあちゃんも言っていました。何かのおみちびきかもしれないとのことで、OKが出ました。)

 

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みなさんへのコメント(11/23~11/29分まで)

単身赴任中さん

レオさんのコメントを拝見しまして、おばあちゃんからコメントがありました。

単身赴任中さんは、おそらくおばあちゃんのお告げの中で何が大切かをきっと「直感的」にわかっていらっしゃる(短歌の詠まれる回数=実は読み方のパターン数を、最初から自発的にまとめに含めていただいたりしていました)ように、おばあちゃんは感じているので、「単身赴任中さんの思いのままに、一番最初の(「お告げ」「短歌」…のように分けて頂いた)やり方で、大変申し訳ございませんが引続きご対応頂けないでしょうか」、との事です。

これは、「これから後に来る人」が間違えずに一覧で目にすることができるように、必要、なんだそうです…。単身赴任中さんも、きっとお仕事などもいろいろ大変だとは思いますが、できるかぎりで結構ですので、なにとぞよろしくおねがいいたします。。。

 

チョココロネさん、ひふみんさん

「記憶のお告げ」の全文投稿は、すみませんがもう少し待ってください。夏の投稿時と違い、今は学校が休みではないので、わたしにまとまった時間がなく…すみません。

 

チョココロネさん

少ない情報の中、いつも深くご考察いただき、まことにありがとうございます。

おばあちゃんからは、お礼のことばと共に、「これから恐らく来年以降、お告げや短歌で表されてきた事が少しづつ現実に現われて来るはず、そうすれば、変な話ですが、チョココロネさんや皆様のご考察もさらに核心に近づくのでしょうね。寒くなってまいりましたので、どうかご自愛ください。」との事でした。

 

碧那さん (11/26分)

情報ありがとうございました!アルゼンチンの潜水艦事故の話、初耳でした…。海の生き物たち、心配です…。

 

エルママさん (11/24分)

日月神示をふくめての情報、ありがとうございました。ほんとうに神示に書かれたとおりのことが起きるのでしょうか??心配…。

今後の世の中の方向性がわかるという時期の話は、具体的には、あらためて考えればたしかに2026年以降、ということになりますね…わたしがいうのも変ですが…。

 

ヴィレッジさん (11/23分)

いつもありがとうございます。「人なりし神、神なりし人」、ほんとうだ、日月神示にもあるんですね…!すみません、「ヒトラーの予言」って聞いたことなくて…同じような事をヒトラーも言っていたのですか??

「あなたたちの進む道は3つ」、たしかにその人次第なのですが、人の事は放っておいて、というニュアンスでもない(「和して…」)のが、むずかしいところですよね。さいごはその人次第ですが、その前に皆で和の心を広めあうのが大前提…ということでしょうかね。

 

さん (11/23分)

勇気あるご考察、ありがとうございました。たしかに、そういうふうにも読み取れますね…。

わたしは今上天皇のなされてきたことについて、教科書で習う程度でいままで不勉強だったのですが、最近のニュース報道などを見て、いかに平和への祈り・活動をされてきたのかについて知りました。わたしぐらいの年代の人は、みんなそうなんじゃないかな??

おばあちゃんは、いままでのお告げなどもあり、「人は皆それぞれ役割を持って生まれてきているので、それぞれが与えられた役割をベストを尽くしてこなしていきさえすれば、結果うまく行くのではないか」、と考えているようです。

もっといえば、祈りを誰かスーパーマンに頼るのではなく、皆でやっていきましょう、という戒めの意味も含まれているのかも…と、海さんの投稿を拝見して、おばあちゃんは言っていました。

<追伸:一番あたらしいニュースでは、今上天皇のご退位は2019/4/30になったそうですね、4月早々ではないということは、もしかしたら4月早々には何か関連する別の出来事がおこるのかもしれないですね。>

 

kiriさん (11/30分)

いつもありがとうございます。「しずけさに…」の短歌、たしかに先日の北の国のあたらしいミサイル発射によくあてはまりますね。でも、これはこれでそのまま戦争なんかにならなければいいですよね…。(短歌の意味は複数のようなので。)

おばあちゃんのお告げですが、「年内に、何か壊滅的な大きな災害が起こる」ということは、今も直接お告げされていないし、おばあちゃんもそのようには感じていないようです。「日本と北の国との戦争が始まる」ようにも思われないようです。

ただおばあちゃん、何かほかのたいせつな事が、多くの人の知らないまま、起きるような…とは感じているようです。(先日の胸騒ぎ、時白砂様の一言、那佳智加楽月珠様のお告げなど…。)

 

桜雲さん (11/29分)

ありがとうございます。最近の北の国からの漂着船は、たしかに月珠様のお告げにも通じるものがあって、心配ですよね。

バリ島の件、すくなからずおばあちゃんの受けたお告げに関係していると思います。以前投稿させていただきました手水石のヒビや、この先の戦争の話の「しるし」になって以来、バリ島の火山はおばあちゃんの気にしているところでもあります。

やはり、「神の山」として、国境にかかわらず、なにか大きな力の「鏡」になっているようです。人同士がいがみあう事こそ、神様がもっとも心を痛められることなのでしょうね。

 

ひふみんさん (11/28分)

いつもありがとうございます。ムスビのお役目の件、おばあちゃんも出雲大社の儀式ことだと感じているようです。といいますのも、下に書きましたように、お告げがあったからです…。

 

しまうまさん (11/28分)

ご考察いただきありがとうございました。北朝鮮の件、バリ島の件は8)、9)のとおりですので、よろしければご参照ください。

わたしたちの力で変える事ができること…。ご指摘のとおりだと思います。それと、想定しても負のイメージに引きずり込まれない、こりかたまらないこと、「我良し無くし、和の心」でしょうか。

 

にやたんさん (11/28分)

ありがとうございました。「策 女 乱」については、7)をよろしければご参照ください。祈りに関しては、以前別のかたからもご質問を受けました。あらためて書かせていただいてもよいのですが、長い説明文ですので、できましたら以下をご参照ください。

わたしがリンク先?を書くのもはずかしいし変ですが…。⇒「[お告げ]おばあちゃんの話~海の神様の言葉~(その一)[10月10日更新]」>「ご質問へのご回答&お告げ(10月5日)」>「(5)まるさんへ(「祈りの仕方」)」

レオ補足:祈りの仕方が書いてあるのはこちらです。

なお、文中の「命の繋がり」については、別の方からご質問が出て、ご回答させていただいています。

以下はおばあちゃんの補足コメントです。)祈りについての補足ですが、自分の力でどうにもならない事は、ただ神様に委ねるしかなく、感謝の言葉以外で言えば、主旨的には「日々、すべての事をお見守り、お導き頂き誠に有難うございます。今日(この先)もより良い道へと向かうことができますよう、見守り、気付かせ、お導き下さい」といった感じの内容になりますでしょうか。

 

蕎麦の香さん (11/28分)

ご考察ありがとうございます。バリ島の火の神に対して水の神、ですか…。そういえば、水の神様にたとえられた海とか湖って、日本だけじゃなくて世界もふくめて考えたときに、どこかあるのでしょうかね?

 

もふもふさん (11/27分)

ありがとうございます!やっぱり、月珠様の最初のお告げのあとで、おもいあたる事件が実現してしまったので、やはりまずは北の国を思い出してしまいますよね…。

 

なみさん (11/27分)

ご回答遅くなってすみません。光の柱ですね。おばあちゃんの視界に入ったもの(光が強かったもの)は5本で、ほかにうすい光のものがたぶんもう数本あったようです。光はどれも、キラキラした感じというよりは、光線のようだったとのことです。

5本のうち、真ん中はおそらく地面(もしかしたら水面?背景に山があったので、山の上から出ているように見えた)から空の上まで伸びる柱で、白に近い色、光は強かったようです。

他は同じく下から雲の中まで見えていて、ただ光は真ん中よりも弱く、赤、青、緑っぽい感じの色だったようです。うすい光のものは、空の真ん中あたりがぼんやり光ってみえたように思えたそうです。

あと、うすい光の柱は、上から下の方向に伸びていったものと、下から上の方向に伸びていったものと、動きが分かれていたようです。5本の柱は、最初から見えていたようです。

おばあちゃんもこちらの記事 [UMA]海底に潜む巨大生物そして巨人伝説~数々の物証~ をご覧になって、お気に召したようで良かったですっ!

巨人伝説の記事は、不思議探偵社の読者である春菊こばんさんが作成してくれました。

未公開のお告げとも関係しているとのことで、お告げの公開が待ち遠しいです。

そして、新しいお告げのムズビゴトとは一体何なのでしょうか!?

次の月の満ちたる日~というのは満月のことを示しているものと思われます。ちなみに次の満月は来年(2018年)の1月2日(火)となっています。

1月2日にムズビゴトが何なのか伝えられるということのようです。

 

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[12月6日の更新はここまで ですっ!]


 

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